第三話『怪獣大戦争』

「……おかしいな」



 そうつぶいたのは、『迷宮学園』の東地区の学生街の食材調達人、エリックだった。だが、気がかりな事が起きている。



 彼はドラゴン退治を依頼された外界の勇者キスタたちと共に、『ウラードの樹海』に入っていた。



 普段は木々が立ち並び、うっそうとしているが『この空間』がやけに切り開かれている。ぽっかり穴が空いたかのような。



『学園が逃げている』



 これは生きた学園の魔力の影響。このような判断を学園が下したときは、必ずその地域や環境に異変が起きている証拠だ。



「エリザの管轄で、今までこんなことは無かったのに……」



『ハンマーポーク』は群れを成して行動する動物。その突進力は下級モンスターにも引けを取らない。



 しかし今日は数がいつもより明らかに少ない。手馴れたエリックですら、この群れを探すのにいつもより手間取った。



 『ハンマーポーク』は豚とは似ても似つかぬ大型の肉食獣。……それを上回る怪物が食い荒らしていったのだ。



 決定的なのは、そこらじゅうに巨大なひづめの足跡がある。それは3mはある。これの持ち主にエリックは心当たりがある。



「これは勇者様たちが危ないな。死んでなきゃいいけど……」



 エリックは大剣を納めると、森の茂みをものともせず駆けだしていた。その姿は一介の食材調達人とは思えなかった。



   ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇  



 その頃、偽勇者キスタ一行は下級モンスターの群れに取り囲まれていた。てんてこ舞いになっているかと思いきや。



「はあ……はあ……どうだ!?3分の1くらいまでには減ったか!?」

「ふう……ふう……残念。ようやく3分の1を倒せたわ」

「ぜえ……ぜえ……。畜生……キリがねえぜ」



 意外と善戦している。腐っても勇者を名乗るだけはある。だが、獲物を喰えなかった下級モンスターが襲い掛かる。



「なんとかならねえか……こんなところで……くそっ」

「ガルルルル……」

「来るぞッ!!」



 だが、あれだけ威嚇してきていたモンスターたちが、急にピタリと静まり返った。そして、小刻みに震えている。



『ドドッ……ドドッ……ドドドッ……ドドッ……ドドドドッ!!』



 何者かの足音。それは遥か彼方かなたから聞こえてくる。それは地響きという言葉では生温い。一つ一つが雷の轟音のようだ。



 そう思うのもつかの間。キスタたちの目の前のモンスターを蹴散らし、まるで砲弾のように飛び込んできた。



 大砲と言えど、砲弾のそれとは大きさが桁違い。それはとりでや城壁ですら、簡単に崩してしまうだろう。



 その勢いのまま、足音の主は轟音と共に樹海の大木にドオンッ!!と大きな音を立て、頭をぶつけた。



 その衝撃波は広範囲に及び、そのまま昏倒するかとも思ったが、その様子はない。ノーダメージだ。



 それどころか、ぶつかった大木の方がメキメキと音を立てて真っ二つに折れてしまった。



 これほどの衝撃と10mを遥かに超える巨体。常識外の怪物のプレッシャーに、キスタたちは腰を抜かしている。



 体牛のような頭部に四つの赤く輝く目。側頭部からは二本の鋭く長い角に、紫色の硬い皮膚。背中にまで伸びる金色のたてがみ



「こ、これが……ドラゴン……か?」

「でも、赤くないぞ?話では確か、レッドドラゴンじゃ……」

「キスタ……あんた、ドラゴン見たこと無いの?」

「いやあ……辞典の挿絵でしか……」



 確かに世間のイメージのドラゴンとは似ても似つかない。だが、どちらにせよ危機には変わりなかった。



 それは下級モンスターたちも同じだったようで、次々と逃げていく。生物の本能として、それは正しい判断だ。



 だが、その怪物はその巨体からは想像もできない速さで、下級モンスターを回り込む。そしてその大きな足で一踏み。



 それだけで多くのモンスターが息絶えた。その時に付いたひづめの跡。先程、エリックが見つけた者と同じだ。



 その衝撃はモンスターやキスタたちを宙に浮かせ、自由を奪う。それだけで圧倒的な恐怖をその身に刻み込んだ。



 ハンマーポークの群れを食い散らかした主犯はコイツで間違いない。その場の空気がぴきぃんと凍り付く。



 その場の生き物、樹木や草花、小動物まで動けずにいた。声を出すこともままならない。



「あ……あああ……どどど……」

「し……しにたく……」



 ついにその怪物はキスタたちを照準に納めた。脚で地面を蹴って勢いをつける怪物。それだけで地面が深くえぐれる。



 はぁー……と息を吐き出し、ついに突進してくる。



「ああああああああ!!」



 死を覚悟したキスタたち。その時、



 ドズウゥン!!と更なる轟音と共に、何かが空から降ってきた。恐る恐る、キスタたちは目を開ける。



 そこには、その怪物とほぼ同じ大きさの、バカでかい別の怪物が立ちふさがっていた。



 紅い鱗に身を包み、鋭い爪と牙と角。長い首と長い尾。金色の瞳が威圧感を与え、大きな両翼で空を自在に支配する。



「あ……あああ!!これだ!!これが……ドラゴンだ!!」



 伝承通りの正当なレッドドラゴンがそこにいる。このドラゴンこそがこの『ウラードの樹海』の主だ。



 ドラゴンはその鋭い爪で怪物を切り裂く。しかし、浅い傷しかつかない。だが、それ以上にキスタたちが驚いたのが、



「……こ……このドラゴン……俺たちを……」

「……助けてくれているのか?」



 確かにこのドラゴン、キスタたちに敵意は無いように見える。彼らを背に危害が及ばないようにしているようにも思える。



 そして何故かこのドラゴンが来てから空気が緩和した。ドラゴンからは母性にも似た安心感を感じる。



 それが何故かは分からないが、今はそれに賭けるしかない。キスタたちは隙を見て、慌てて岩陰に隠れた。



 それを見届けたドラゴンは怪物にみつき、そのまま空高く舞い上がる。その常識外のあごの力は怪物の巨体を離さない。



 そして、遠く開けた平地まで飛んでいき、強引に怪物を地面に思い切り叩きつけた。これで心置きなく、思い切り戦える。



 こうして、『ウラードの樹海』の怪獣戦争が勃発した。



 その頃、エリックは懐から魔道具の方位磁石を取り出した。その方位磁石は強い魔力に向かって針が動く。



 今、偽勇者キスタたちの体内には、ブロックエメラルドがある。あの石はドラゴンや魔物よりも強力な魔力を帯びている。



 だったらエリックにも反応するのだが、これは対象の切り替え機能がついた優れもの。三つの反応が固まっている。



「よし、勇者様たちはまだ死んでないな。……ちょっと急ぐか」



 エリックは事態を察し、疾風の如く駆け出していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る