第二章『食材調達人エリック!!』

第一話『外界の勇者様』

「どうしたんです、エイブラムス先生?東地区に顔を出すとは珍しい。こちらにおいでになるのは、二年ぶりですかな?」



 世界で最も位の高い学校、『迷宮学園』。常にその地形や姿を様変わりさせている『生きた学校』



 だが、そんな環境だからこそ、その卒業生たちはたくましく育ち、世界中で活躍している。



 卒業の条件はいたって単純。『迷宮学園』から脱出すること。



 言葉にすると簡単だが、脱出に近づくほど、その環境は苛酷かこくになる。そんな卒業生はここ五年は出ていない。



「教師が飛ばされるとは。いやはや珍しいですな」

「いやあ、授業が思ったほど長引いてしまいまして。お恥ずかしい限りです。しばらくはこちらでお世話になりますよ」



 今年も多くの新入生が入学してきた。だが、一週間もしないうちに大多数が散り散りになった。



 この学園は特定の場所以外では、学園内の別の地に転移する魔術がかけられている。



 この学園の教職を取った者はそれは相当の達人。これ位のことは計算して何とか回避するのだが……。エイブラムス教師。今回は完全に落ち度を取った。



 だが、泣き言は言っていられない。ならば、その転移先で適応するだけ。この順応性もこの学園における必須スキルだ。



「あ、そうそう。珍しい客人が街に来ているそうですよ。確か外界の勇者とか言ってましたな」

「……ほう?それはそれは」



   ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇  



 舞台は東の地区の『シャーマルの街』。この街は転移魔術の影響を受けない環境の学生街の一つだ。



 そこで何やら騒ぎが起きている。歓迎されていたというのが正しいか。街中の住人、学生たちが酒場に集まっていた。



「おい!!勇者様御一行がこの『迷宮学園』に挑みに来たぞ!!」

「ほう……魔王も泣いて逃げ出すこの学園に……」

「今度は見込みがあるかねぇ?楽しみだな」



 名のある武人、賢人、ならず者がこの学園を訪れることは何ら珍しくない。この学園の大半はまだ未開の地。



 一攫千金いっかくせんきんを夢見る者は数多い。今度の勇者一行も、その輩。興味津々で集まった街の住人の中心で大酒を喰らっている。



 相当稼いでいるようで、金に糸目をかけず、食べに食べ、飲みに飲み、酔っぱらって大騒ぎしていた。



「おい、アンタ。勇者キスタの名を知ってるだろ?」

「んー?いや……聞いたことないなぁ」



 自分を知らない住人達に勇者キスタは面白い気はしなかったが、これも何かの縁。ぐいっと酒をかっくらうと、



「はー、仕方ないな。まあ、こんな閉鎖した環境では仕方ない。よぅし!!じゃあ、俺の数ある武勇伝を教えてやろう」



 勇者キスタ。顔も整っており、その立派な身なりは貴族を彷彿ほうふつさせる。外界ではさぞ功績を上げたのだろう。



「あれは魔界も目視できる危険地帯を訪れた時だったか。深い闇に包まれた谷を訪れた話だ」



 勇者キスタは、やけに流暢に武勇伝を語り出した。まるで怪談話の達人の如し。



 相当、喋り慣れているようでその語り口に皆、どんどん引き込まれていった。キスタは続ける。



「視界も悪く、右も左も東も西も判別できないような環境だ。だが、少しずつ静かに……谷が揺れ始めているのを感じたんだ」



 キスタはさらに酒をあおり、話を続ける。その口調はどんどん起伏に富み、注目を引き付ける。これがキスタの術中だ。



「ズン……ズン……と、静かに。しかし確実に足音が近づいてきた。これは並の相手ではない。百戦錬磨の俺たちでも警戒しなければならない気配だった……」



 そして、キスタは指を三本立てて、



「その気配は一つじゃない。三匹の巨大な何かの足音だ。俺はその悪寒に、自然に頬に汗が伝うのを感じた。油断すれば、気配だけで昏倒こんとうしていたかもしれない……」



 皆、固唾かたずを飲んで聞いている。そしてキスタの話はクライマックスに入っていく。その気配の正体は……!!



「目の前に現れたのはブラックドラゴンが三匹!!皆も知っているだろう。ブラックドラゴンは普通のドラゴンより五倍の強さと危険性を持っている。俺たちは思わず身震いしたよ」



 キスタの饒舌じょうぜつはまだまだ続く。口から生まれたとはこのことか?だが、異様までのリアルな話に皆は引き込まれている。



「まず、魔術師のエミーが封印魔術でドラゴンの動きを封じる。そして、戦士のカイザンが斧で、ドラゴンの首元の鋼鉄より何倍も固い鱗を弾き飛ばした。そして……ついに俺の登場だ!!」



 いきなり立ち上がったキスタ。そして腕を振り下ろし、



「俺の必殺剣がドラゴンの首を一気にねた!!それはまさに神速だ!!三匹のブラックドラゴンと言えど、俺たちにしてみれば、敵じゃなかったな。その後、ドラゴンの肉でBBQだ」



 キスタの見事な話に皆、目を輝かせている。得意げなキスタ。まさにしてやったりだ。酒の肴に丁度いい武勇伝である。



 勇者キスタの武勇伝。彼は根っからの目立ちたがりで、こういう席はお手の物。店中の客がその話に引き込まれていた。



「おお~!!そりゃすげえ!!」

「ねえねえ、ドラゴンの肉って美味しいの?」

「ああ。脂が甘く、ジューシーだ。並の肉など目じゃないな」



 この勇者様たちは相当、腕に自信があるようだ。これが聴衆にある期待を抱かせてしまった。



「なあ…あの件だが、勇者様にやってもらおうぜ」

「そうだな!!彼らなら問題ないだろう」

「よろしいですか、勇者様。依頼を受けてくれませんか?」



 この話を聞いて、この街の皆の意見は満場一致した。この人たちならやってくれる。そう確信できるほどの口達者だ。



「…ん?何だ?」

「…あなたに…この先の森のレッドドラゴンを退治して欲しい」



 一瞬、キスタの表情が引きつる。だが依頼主の町長は、



「なあに、ブラックドラゴンを軽々と仕留める勇者様だ。レッドドラゴンの1匹くらい訳ないでしょう」

「…いいだろう。だがそれに見合う報酬はあるのかな?」



 全くおくすることなく、答えるキスタ。…流石にタダでは動かないか。だが、それくらいは問題ない。



「そうですね。成功報酬10万リドルでどうでしょう?」

「前金で1万…それで引き受けよう」



 1リドルは日本円で約10円。つまり約100万円の報酬の依頼だ。前金は約10万円。キスタは快く快諾かいだくした。



「良かったー!!流石、勇者様だ!!」

「あのドラゴンのせいで、森の開拓が出来なかったからな」

「これで、町の補修用の木材が取れる。助かったー!!」



「では明日みょうにち、彼に案内させましょう。おーい!!エリックー!!」

「何ですか、大将ー?」

「彼?」



 そうして呼ばれたのは、赤い鉢巻きにオレンジの跳ねた髪の青年。彼は丹念に牛テールの下処理をしていたところ。キスタは彼を紹介したパブレストランの大将に問う。



「彼は…一体?」

「ウチの見習いの食材調達人です。おとりにでも使ってください」

「ひどいな大将」



 エリックはすっと手を出した。キスタはキョトンとしている。



「僕はエリックと申します。よろしくお願いします。勇者様」

「…あ…ああ。よろしく」



 勇者キスタのドラゴン退治。今回の仕事は先ほどの武勇伝とは、もう少し違った結末が待っている。

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