第五話『※効果には個人差があります』

「う……うわあああっ!!」

「勝てるわけねえよ、こんな化け物!!」

「だけど……やるしか……やるしかねぇ!!」



 ここは一年前の『ビリーニャ渓谷けいこく』。エイブラムス教師は同じ課題……卵を採ってくる課題を出していた。



 当然、親鳥に襲われ次々と新入生が脱落していく。その様子を遠くから見ているエイブラムス教師。彼は視力も桁違い。



 この課題を出すと、逃げ出す者はまず現れない。今年度の新入生も不作か……。彼の思惑は伝わらず、嘆息する。



「ふうむ。このままでは今年は一人も生き残らないか。残念だがここまでかな。……ん?あれは?」



 そんな惨状の中、恐怖に負け、逃げ出した青年と少女がいた。エイブラムス教師は思わず口の端が緩む。



 だが例年とは若干、様子が違う。逃げているわけではないようだ。今年は怪鳥たちの動向が激しく、群れを成している。



 その内の一羽が二人を追っていた。あのままでは生憎あいにくだが、逃げ切れないだろう。青年は……戦っている?



「……何を考えているんだ、あの子らは?」



 エイブラムス教師は持ち場を離れ、彼らの元に向かう。



   ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◆ ◇  



「『風刃魔術ウィンダース・エッジ』!!……っ、やはり効果はないか」

「何してるの!?あの鳥がまた来るよ!!早く逃げようよ!!」



 青年の方は魔術師のようだ。だが現状は駆け出しのようで、魔力も上手く練れておらず、威力は期待できない。



 少女はアーチャーか。だが、矢が通じず最後の手段。弓で怪鳥を殴ったようだが、弓の方がへし折れたようだ。



(何をしている?逃げるなら、全力で逃げればいいものを)



 青年の不可思議な行動。逃げてはいる。だが、攻撃の手は止めてはいなかった。だが、それでは怪鳥をあおるだけだ。



「……ここまでか。仕方ない、君一人だけでも逃げるんだ!!」

「あなたは?あなたはどうするの?」

「僕は……逃げない」



 エイブラムス教師は遠目から二人の様子を目視していたが……本当にどういうつもりだ?



「ここで誰かが残らないと本当に全滅だ。僕が全力でおとりになる。その間に君は先生の下に行って救援を呼ぶんだ」



 ……成程。自分は犠牲になっても、皆を救うために命を捨てる覚悟か。だが、勇者と自己犠牲は同じじゃない。



「……行け!!」



 少女は、涙を浮かべながら振り返り走り出す。……それでいい。自分の命一つで皆が助かれば及第点だ。



「全く……。そういうのを無謀と言うんだぞ」

「え……?その声……は」



 エイブラムス教師が岩山の山頂から飛び出し、急降下して怪鳥の背に乗り、右の拳に力を込める。



ホウッ!!』



 エイブラムス教師の拳は、ずどんっ!!と鈍い音と共に、その拳圧は怪鳥の腹を貫き、大きな穴を開け、固い地面に大きな亀裂を残した。剣術でも魔術でもない。圧倒的な体術だ。



 そして、絶命した怪鳥の体と共に、エイブラムス教師が青年と少女の元に降り立った。



「状況判断は合格。……だが、命を捨てるのは感心せんな。……二人は前からお知り合いかね?」



 エイブラムス教師は質問する。



「い……いえ。今日が初対面です」

「わ……私も」

「ふぅむ」



 彼の目的は逃げるにあらず。見ず知らずの人のために命を賭ける。並の者にはできる事じゃない。



「気に入ったよ、青年。だがまあ……馬鹿な行動に変わりはないんだがね。しかし……」

「……しかし?」



「レディのために命をけるのは、至極しごく正しいよ」



 エイブラムス教師は笑顔で讃える。この青年のダンディズムは嫌いじゃない。この子らは大きくなる。……きっと。



「名前を聞かせてもらえるかな?二人とも」

「え、えと。僕はタキオンです」

「私はフィーナと申します」



 彼ら……特にタキオンは恐怖を学び、そして最善の策を取り、更にはその恐怖に打ち勝ち、勇気の何たるかを学んだ。



 結果はともあれ、この課題の真意を得た彼らは合格だ。



 ……そして、一年後。



 タキオンとフィーナは、こうして大きな成長を果たして、この戦場に戻ってきた。エイブラムス教師は感心しきり。



「……と、いうことだ。彼らは君たちの一年先輩だよ」

「はあ……」



 今年の合格者、騎士団の師団長と部下二名。彼らはタキオンとフィーナに匹敵する素質があるのだ。



「先生……私たちも、彼らのように強くなれますか?」

「それは君たち次第。素質があっても命を落とした生徒を何十、何百人と見たからね。」



 現にタキオンとフィーナの力を持ってしても、この学園でも最底辺。この学園の勢力図は青天井だ。



「彼らも含め、あなた達も明日は死ぬ可能性はある。だから状況を見際め、生き残らなければならないのだよ」



 それはエイブラムス教師にも同じことが言える。例え、教師という地位でも明日には骨になっていてもおかしくない。



「強くなる、じゃない。生き残るか、それとも死ぬか。それがこの『迷宮学園』の唯一のルール。肝に銘じるように」



 この課題はエイブラムス教師の自戒じかいにもなっている。そして、先生は肝心なことを忘れていた。



「ああ、そうそう。君たちの名前を聞いていなかった」

「え?ああ、私は師団長レナード……で、こっちは」

「私はシェリーです……うちの馬鹿師団長がご迷惑を」

「……バイロンです」



 エイブラムス教師は、見込みのある者の名と顔は必ず覚えるようにしている。そして、もう一つ。



「ああ。先ほどから師団長とか部下とか言っているが、階級、役職、地位はこの学園では忘れた方がいい」



 おそらく彼らはどこぞの王国から、得体のしれない『迷宮学園』の調査にでも派遣されたのだろう。しかし、



「どんな命令で来たかは知らないが、外界の地位なんて勇者でも魔王でも、ここでは役に立たないからね」



 こうしてエイブラムス教師の課題は終了した。かと言って、この三人だけが特別ではない。



 反省し、心を入れ替えれば今日、過ちを犯した生徒たちも大きく伸びる可能性は十二分にある。



「さて……今から街に戻るのは不可能だな。今日は野営だ」

『ええっ!?ほ、本気で言ってます!?先生!?』



 エイブラムス教師の言葉に驚嘆したのは、誰でもないタキオンとフィーナだった。



 生徒たちは野営くらい、数えきれないほど経験している。だが、この言葉の『恐ろしさ』が新入生たちは分かっていない。



 そして、『ビリーニャ渓谷けいこく』の夜は更けていく。

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