第三話『怪鳥ビリーニャ』

「ええい!!まごまごしてる場合じゃない!!いいか!?戦うぞ!!」

「お……おう!!デカいといっても、所詮は鳥だ!!」

「俺もこれでも怪物モンスターとは何回も戦って来たんだ!!」



 どうやら生徒たちはスイッチが入ったようだ。各々おのおの構えを取り、立ち向かう。まずは魔術師たちが、



「このっ!!焼き鳥になってしまえ!!『大火炎魔術フルホノオン』!!」



 無数の炎の弾丸を生み出し、『怪鳥ビリーニャ』を撃ち落とさんとするが……怪鳥は息を吸い込み……、



『クアッ!!』

「え……?」



『怪鳥ビリーニャ』もその口からボウッ!!と業火を吹き出す。魔術師たちの術も、生半可なものではなかった……のだが、



 怪鳥の炎の出力はその総力を軽く上回り、炎の玉を打ち消すと同時に、魔術師たちをも蹴散らした。



「野郎……好き勝手やりやがって!!これでっ……終いだ!!」



 そう言って駆け出したのは大剣使い。岩壁を落ちることなく駆け上り、跳躍する。重量武器持ちのスピードではない。



 彼は今回の新入生の中でも、頭一つ出ているようだ。よく見れば、磨けば光りそうな実力者がちらほら見て取れる。



 剣士は大剣を振り下ろし、『怪鳥ビリーニャ』のその首を斬り落としにかかった。だが……、



『ぱきぃいいいいん…………んんんん……』

「……は?」



 乾いた音を立てて砕けたのは、剣士の大剣の方だった。



 普通なら腕ごと折れているだろうが、剣のみが砕けたのは、剣士の腕前がそれなりだったという証拠だ。



「畜生……!!この剣、三十万リドルもするんだぞ!?」

(……なんだ。安物じゃねーか……)



 剣の値段の相場は、入門用で数万リドル。一般用なら十万リドルかそこら。達人の使う剣ともなれば億でも足りない。



 伝説級の物ともなれば、それこそ国よりも珍重される。



「……皆、感想はそこじゃねーぞ」

「……ああ、そーか」



 皆、思うところは同じだったらしい。だが、注目すべきは鋼の剣を凌駕りょうがする強度を誇る『怪鳥ビリーニャ』の羽毛だ。



 これで生徒たちの詰め手は全て封じられた。このままでは全員、この化け物鳥のえさになってしまうこと請け合いだ。



「せ……先生、駄目だ!!俺たちじゃ勝てねぇ!!」

「何とかしてくれ!!アンタなら倒せるんだろ?……ん?」



 生徒たちは情けなくも、エイブラムス教師にすがろうとしている。しかし、肝心の教師の姿はどこにもない。



「え……ええ!?まさか……!?」

「あの野郎……俺たちを……」

「見捨てやがったのかぁあああ!?」



 薄情な教師を心底呪う新入生及び、在学生たち。そして『怪鳥ビリーニャ』は容赦なく生徒たちを襲いだした。



「ど、どうする!?もう戦うすべはないぞ!?」

「あ、当たって砕けろだ……最期まで戦って一矢いっし報いてやる!!」



『怪鳥ビリーニャ』はその巨体からは想像できないほど、高速で飛び回り、そしてその鉤爪かぎつめは岩をもえぐる。



 生徒たちは成すすべなく倒れていく。それでも誇りをかけて命を投げ捨てた彼らは戦うことをやめなかった。



 しかしそれを見た、ローフォル鉄道で見かけた騎士たちは……、



「し、師団長!?どこへ行くんですか!?」

「決まってるだろ!!逃げるんだよ!!」



「な……何、馬鹿な事言ってるんですか!!仲間がやられていってるというのに……それでも騎士ですか!?」



 はたから見ればそれはみにくく、哀れな行為に見える。だが……。



 部下の言うことを聞かず、その場を逃げ出す師団長。部下は嫌々ながら彼について行く。



 そして安全圏に到達すると、師団長は恐怖でへたり込んだ。そのみっともない姿を見て、部下は改めて師団長を叱咤しったする。



「立ってください、師団長!!今からでも戻って戦いますよ!!」

「そうですよ!!恥ずかしいとは思わないんですか!?」



 だが、師団長は歯を噛み締め、大粒の涙をこぼす。これほどの恐怖と屈辱を彼は味わったことが無い。



「うう……恐かった……恐かったんだ……!!死ぬのが……恐いんだ!!何だよ、悪いかよ!?死んでも何にもならないんだぞ!?」



 その間も次々と犠牲者が出る中、師団長はみっともなくも生き残った。これには部下たちも呆れ果てる。



「……一番乗りは君だったか」



 そこに人影が現れる。誰あろう、エイブラムス教師だ。三人は腰を抜かす。この場で処刑されても止む無し……か?



 ……だが、エイブラムス教師の口から出た言葉は、意外なものだった。サングラス越しでも優しい視線が分かる。



「君たちは今回の課題……合格だ」

「……え……ええ?」



 状況が分からない三人。戦場を放棄したのに……合格?エイブラムス教師は言葉を続ける。



「戦闘において……そして戦場において、最も重要なことは何か。君たちは分かるかい?」



 唐突のエイブラムス教師の問い。普通なら、



「それは……」

「敵を倒す……ことじゃないんですか?」



 そう答えるだろう。だがエイブラムス教師は首を横に振る。戦いで最も重要な事、それは……、



「……生き残る事だ。時に強大な敵を前にして、足がすくむこともあるだろう。そんな時は逃げても構わない」



 三人は呆気あっけに取られた。あのエイブラムス教師が、思いもよらない答えを出してきた。



「いや、むしろ逃げるべきだ。それは時に騎士道、武士道よりも大切だと私は思うよ。あるじ、仲間、家族がいるなら尚更なおさらだ」



 エイブラムス教師は師団長の肩をポンと叩き、



「君たちはここで敗北を学んだ。そして、なお生き残った。こういう経験はそう出来るものじゃない。大切にしたまえ」



 逃げることは恥じゃない。むしろ、時には勇気ある行動にもなりえる。今、戦っている連中はプライドが邪魔している。



 エイブラムス教師は『負け戦』というものを教えたかった。この『迷宮学園』では最も重要な経験だ。



 そしてこの学園にいる限り、何十回、何百回と経験する。それは間違いない。だがこの三人以外、逃げてくる者はいない。



「……三人か。今年の生徒たちは強情だな。高楊枝たかようじなど、一文にもなりゃしないのに」



 こうしてエイブラムス教師の初課題を合格したのは、わずか三名。……偶然とはいえ、思ったよりも多い数字だ。



 ……もっと臆病になれ。そして逃げて逃げて逃げ切れなくなった時、初めてこの授業で問われる『真価』が見えて来る。



 その時に初めて見いだす真の『勇気』に気付くことを、切に願うエイブラムス教師だった。

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