第2話 優しさ②
「時にショージンよ、このシルバーシートは何故赤いのにシルバーと言うのだ?」
「この座席は、高齢者や障害者のための優先席で、この座席が考案された時は、実際にシルバーグレーの色をしていた事が、その由来だそうです」
「何?ここは高齢者優先席なのか?では、そこのババアに席を譲らねば」
コタン様の視線の先には年配のご婦人がいました。ちょうど、今の私と歳の頃が同じくらいです。確かにこの座席に座るに相応しいようです。
コタン様はすっくと立ち上がると、ご婦人の前に仁王立ちになりました。その立ち姿はまごう事なき魔王の血筋のそれでありました。
「おい、ババァ、この座席を使うといいぞ。その歳では電車に乗るのも辛かろう」
六歳の子供に、ババアと言われて、ご婦人は頭が真っ白の様です。何を言われたかも分かってない様です。
「えっ?なんだい?何を言ったの?」
ご婦人が戸惑っていて、モタモタしている内に、恰幅の良い中年女性が座席を横取りしてしまいました。
当然コタン様は怒ります。
「おい、何をしている?その座席はこのババアの物だぞ」
「はぁ?私が先に座ったんだから、私が座って良いんだよ」
ご婦人は、自分のせいで、喧嘩が始まったので、申し訳無さそうにしています。
コタン様の袖を引っ張りました。
「私の事は良いから、喧嘩はやめとくれ」
「お前の事などどうでも良い。こいつには分からせる必要がある」
コタン様はご婦人の顔すら見ません。
中年女性のこめかみに指を突き刺しました。そして、そのままぐりぐりと指を回して、脳みそまで到達させます。
「おい、豚。お前は豚だ。豚小屋に帰れ」
豚と言われた中年女性は、ブヒブヒと鳴きがながら、どこかへ走って行きました。
何が起こったのか分からない様子のご婦人でしたが、コタン様が手を差し伸べると、安心して、シルバーシートに腰を降ろしました。
「ああ、ありがとうね。まだ小さいのに、親切で良い子ねぇ」
ご婦人は、最初の印象と違って、心からコタン様に感謝している様でした。
そしてそれは、コタン様には衝撃的な事でした。
「おい、ショージン、このババアは今なんと言った?」
「コタン様に対して、親切で良い子と仰いました。感謝している様ですね」
「何故だ?俺は当たり前のことをしただけなのに?」
「最近は、老人に席を譲る者は少ないようです。それにコタン様はまだ六歳。当たり前のことができない年齢です」
「この俺が良い子だと?なんか、気持ちが悪くなってきた。おい、ショージン、背中をさすってくれないか?」
我々魔族は、優しい言葉をかけられると、魔力を失い体調を崩してしまうのです。青い顔してふらつくコタン様に、先程のご婦人が追撃の一言を放ちました。
「僕、大丈夫?シートに座った方が良いんじゃないの?」
優しい言葉は毒だと言うのに、案の定、コタン様は気絶してしまいました。
「ご婦人、お気遣いはありがたいのですが、この病気は優しくされると悪化してしまうのです」
「そんな病気あるのかい?」
「奇病です」
私はコタン様を抱えて池袋の一つ手前の駅で降りました。
私達魔族は、人に感謝されたり、優しくされ無い様に、常に攻撃的でなければいけません。さもないと場合によっては死に繋がるのです。
コタン様は自由人なのです。ですが、そのせいで魔族らしく無い時もあります。
優しさを利用すると言っていますが、逆に利用されそうで心配です。
いや、これもコタン様の作戦なのかもしれません。多分。
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