俺は自殺で死ぬらしい
路地表
第1話 光の届かない集落
10年前、ちょうど7歳になった頃に言われた。
どうやら俺は自殺で死ぬらしい。
当時、お袋がハマっていた場末の占い師に宣告された。その運命を避けるには、慎ましく誰にも迷惑を掛けずに生きるしかないと言われた。
冗談じゃない。産声を上げた瞬間から、既に軋む音が響く貧乏な家に生まれて、野望を持つなって方が無理な話だ。
俺の家系は代々、男は皆自殺で死んでいる。それをお袋が占い師に漏らして、まるで予言したかのように適当に喋っただけの話だろう。
現代の部落集落さながらのこの村のどこを探ったって、希望など欠片も見つからない。
裏路地にはドラッグに溺れた近所の爺さんがいつも呻きながら暴れている。
少し歩けば、身を売る女のぼろテントがそこら中に幾つもあった。中からは男の快楽の音だけが鳴り続け、鼻をツンと抜ける嫌な臭いが立ち込めていた。
子どもはいつも腹を空かせ、万引きの技術だけを勉強していた。
綺麗な服を着ているのは首都から派遣された公安のみであり、表通りではいつも誰かが撲殺されていた。知り合いが道端で死んでいるのを何度も見たことがある。
そして、どこの家からも鳴り続ける叫び声と何かが割れる音。その後に訪れる子どもの大きな泣き声。
頭がおかしくなりそうだった。
大きな河川を挟んだ向かい側には、煌びやかな高層ビルが巨大な壁のように連なっていた。首都だということを主張する電波塔は、空を割らんばかりに高く立派に聳え立っていた。
夜になると、昼間を超える光が首都を輝かせる。申し訳程度にその光を浴びる街灯一つ無いこの村は、まるで元から存在していなかったかのように、暗く夜の底へ沈んでいく。
その光景を眺める度に、いつか俺も必ずあちら側にいくんだと誓っていた。
15歳の頃、知り合いに誘われてドラッグの売人をやるようになった。
いつ公安に見つかるか怯えながらも、狂った母親と妹を食わせる為にはやるしかなかった。
この2年間、毎日が危険と隣り合わせだ。偽札を使おうとしたり、金を払わずに逃げようとしたりする者はよくいる。こいつに逃げられたら、俺が元締めに殺される。
元より薬物中毒者など相手にもならないが、トラブルが多い性質上、腕っぷしだけが強くなっていった。
それでも、時には半殺しにされたこともある。
ナイフで刺され死にかけた時も、痛みよりも金をどうしようか考えていた。なけなしの貯金から切り崩し、どうにかやってきた。
普通に働くより金は稼げるが、いざこざが多すぎる。
もう、疲れた。
足元の茶袋に入ったパックされた白い粉を見る。これを吸えば俺も楽になれるのかな。商品に思わず手を伸ばしかけた時、誰かにその袋を奪われた。
驚き、その影の方向に目をやると、そこにはアレックスがいた。
「それだけはやっちゃダメ」
「アレックス……」
アレックスとは、10歳の頃に出会った。
小学校にも行けないような子供たちが集まる公園があり、俺がそこに加わった一年後から彼女はよく来るようになった。
名前は中性的だが、とても色気のある美しい娘だ。その一方で、竹を割ったような性格で自分の意思を貫き、おまけに運転が非常に上手い、とても男らしい一面も持っていった。
男との喧嘩でも一歩も引かず、目には常に光を灯らせていた。
仲良くなったきっかけは、道に倒れていた彼女を介抱したことだ。
アレックスはてんかん発作で倒れており、口から泡を吹いていいた。正直、何も出来ずに必死に声を掛けていただけだったが、意識を取り戻したアレックスからは甚く感謝された。
彼女はすぐに人目を憚らず号泣し始め、俺を掴んで離さなかった。
強いと思っていたアレックスも、一人のか弱い女の子なのだとその時に知り、この娘を一生守ってくと誓った。
「なに変なこと考えてるの? 一緒にこの村を抜けるんでしょ? そんなことしたら一生ここにいることになっちゃうよ」
「……ごめん、ちょっと疲れちゃって」
「もう……ちょっと私を見て!」
アレックスはそう言うと、下を向いていた私の顔を両手で上に向かせた。
彼女の眼はあの日からずっと変わらず、光を宿していた。
「大丈夫……。私に、良い考えがあるの。心配かけるかもしれなけど、少し待ってて欲しい」
「……え?」
「私と、この村を抜けるんでしょ?」
そうして、次の日からアレックスは公園に来なくなった。
寂しかったが、彼女の言葉を信じて待つしかなかった。
1か月程経ったある日、公園の仲間たちが街角で話している声を聞いた。
「アレックスいるじゃん? あいつ、公安の長の息子に気にいられたらしいぜ。あーあ、裏切りもんだよなあ、一人でここ抜けやがって。……てかさ、あいつボブと付き合ってなかったっけ? マジで笑えるよなあ、とんだヤリマンビッチがよお」
怒りで記憶が無いが、次の瞬間には全員地面で伸びていた。
返り血を浴びたシャツで止まらない汗を拭いながら、手は細かく震えていた。
そんな訳ない、あのアレックスに限って、そんな訳が……。
「ボブ!」
遠くから、待ち望んでいた声が聞こえた。振り向くと、綺麗に着飾ったアレックスが走ってこちらに向かっていた。
やっぱり、彼女はもう……。
彼女から逃げるように走り出してしまった。
「ちょっとボブ! なんで逃げるの!」
「……だって、もう、君は公安の、公安の息子の嫁になるんだろ!」
「黙っててごめん! でも、違うの! お願いだから待って、止まって!」
信じることなど出来なかった。それでも、アレックスと会った頃からの記憶が、走馬灯のように脳内を駆け巡った。一縷の望みを持って振り向く。
そこには、服を脱ぎ捨てた下着姿のアレックスがいた。
「おい! そんな恰好……危ないだろ!」
急いで彼女の許に駆け寄り、来ていた服を着せる。
「……ボブ……」
「ん? なんだよ、いいからこれ着て──」
「私を信じてくれる?」
アレックスの顔を見ると、あの頃と同じ眼をしていた。光が宿った、俺と同じ野望を持った目だった。
「アレックス、ごめん。君を信じ切れていなかった」
「ううん、私も黙っててごめんね、ボブに言ったら絶対に反対して、下手したら公安まで行くと思って言えなかったの。……でも、それでも、心配かけてごめんね」
「大丈夫、俺もごめん」
僕たちはそのままアレックスの家に行った。
そこで、この村を抜け出す為の彼女の作戦を聞いた。
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