8END
@alba_3477
1日目
その手紙は、ほとんど訃報だった。
まだ痛みに熱を帯びる足を、傷が開いたって構わないと乱暴に動かして、動かして、動かして。
やがて傷が癒えてしまったころ、ようやくその部屋にたどり着くことができた。
〝魔力観測室〟
果たしてこれを見た人々は、どのように思うのだろうか。
一部の人間だけが、天から与えられし〝魔力〟は、政治の、経済の、戦争の、重要な兵器であった。
ゆえに、国が管理する。これは全くもって不自然なことではない。〝観測室〟はおそらく、そのような働きの一部を担う場所なのだろう。そう思うのが、ふつうかもしれない。
だが、清一郎は、ふつうではなかった。
すでに、軍人として、この国の深淵を見た。そこには、深く暗い闇ばかりが広がっていた。
興奮した己を鎮めるため、肺から息を吐く。こめかみで脈動している血管の音が聞こえなくなるまで。
ここから先は、失敗は許されない。感情的になってはいけない。何よりも、誰よりも、守りたいものがあるから。
問題はない。ずっとそうしてきた。安全よりも、絆よりも、食料よりも、ただ命を奪うことが優先される世界で、清一郎は生きてきた。ならば、ここでだって、自分を捨て置き、任務を遂行することは、難しくないだろう。
このノックが、最後だ。
まるで銃声のような音が鳴った。そして、清一郎はノブを回す音すら立てずに、扉を開けた。
「失礼いたします。本日付けで観測室配属になりました、東雲清一郎と申します」
敬礼の前にいたのは、まだ年端もいかぬように見える、〝魔法使い〟だった。
〝魔力〟を授かり、その力を行使して、何ごとかを為せる人間を、〝魔法使い〟と呼んだ。
「魔法、使えないのか」
彼は、顔に似合わず、ずいぶんと乱雑な口調だった。
当然、清一郎のデータは事前に見ているだろう。なにしろ、彼の部下となるのだから。
「・・はい。しかし、失礼ながら申し上げますと、国民の9割には、魔力がありません」
「そんなことわかってる。だけど、ここは魔法が使えなきゃ役に立たない」
それは、清一郎も知っていた。希望を出した際に、そう言われた。だが、ねじ伏せた。彼らの大好きな言葉で。
「まさか、お茶入れ係じゃないよな?」
「ご希望でしたら、淹れますが」
「おれはジュース派」
「でしたら、買って参りますか?」
「おいおい、本気でパシリ要因なわけ?」
清一郎は頭を下げた。
「たしかに、わたしに魔力はございません。しかしながら、命ぜられたことは、茶汲みだろうと、靴舐めだろうと、なんでもいたします。全力であなたをお支えすると約束いたします。ですから、どうか」
魔法使いは、ため息をついた。
「あんたも、魔法使いさまなんて崇めて、盲信してるクチ? 言っとくけどおれは、失敗作なんだ。だからここにいる。魔法使いではあるけど、特権階級も、あってないようなもの。取り入っても無駄だよ」
失敗作という言葉がどのような意味をもつのかわからなかったが、特権階級など、清一郎に興味はなかった。
ただ、彼がここにいるのならば、それが唯一の意味なのである。だから、懇願をつづける。
「たしかに魔法使いさまはすばらしい存在だと思っております。ですが、そうではありません。あなたをお支えするしか、もうわたしに残された道はない。こんな足では・・もう、戦場には・・・」
「・・やっぱりシンパじゃん」
彼はそう呟くと、清一郎になにかを投げてよこした。
受け取ったそれは、財布だった。
「じゃあ、ジュースとコーヒー。買ってきて」
「・・かしこまりました。ジュースは、なにがよろしいですか? コーヒーは、ミルクですか? ブラックですか?」
「シュガーラップソーダ。コーヒーは、あんたの好みで」
「・・よろしいのですか?」
「早く買ってこいって。次の検体、10分後にはくるから!」
「はい、ただちに」
つまり、どういうことか。
どうやら、歓迎、とまではいかないまでも、受け入れてはくれるらしい。
自動販売機へ向かう道すがら、清一郎は内心で胸をなでおろす。だが、ここで安堵している場合ではない。ようやく、最初の一歩。なによりも重要な。
待っていてくれ、愛理。
かならずおまえを。
足早に観測室へ戻る。だが、ひと足遅かった。〝検体〟はすでに運びこまれていた。
「戻りました」
なに食わぬ顔でそう告げて、缶ジュースを渡しながらも、内心おだやかではなかった。
検体は、愛理ではない。だが、愛理の姿が重なるような、少女だった。
「観測室では、魔力の定着率および適合率を調査すると聞きました。なにか、わたしにお手伝いできることはありますか?」
「強いていえば、書類の整理だけど・・」
彼が視線をやった先には、使われていないデスクに山積みになった書類があった。
どんな書類なのか。深く考えると、冷静でいられなくなりそうで、早々に目をそらす。
「もちろん、いたします。他にもお任せいただけることがあれば、なんなりとお申し付けください。足は悪いですが、体力には自信があります」
機械を使用するというのであれば、その手伝いを買って出るつもりだった。そうして、構造を把握する。それが、目的への近道だと思えたからだ。だが、予想に反して、彼はなにもせず、ただ検体の前に立つ。
目をつむり、しばらくすると、カルテになにかを書き出した。
「じゃあ、初仕事。いや、2回目か。研究科に検体を返しに行ってくれ」
「・・は、ですが、魔力の測定は・・」
「・・おれの魔法は、体の中の魔力の流れや、量を見る。だから、おまえが魔力ゼロだってこともわかるし、そんなおまえが観測でできることはないってこともわかる」
カルテを胸に押しつけられる。
「ついでに、これも渡しておいて」
部屋を出て、廊下に貼られた案内図を見ながら、担架を押した。
カルテをじっくりと見るチャンスが、こんなにも早く巡ってくるとは思わなかった。
検体番号。
魔力負荷試験の開始日。
魔力投与量。
薬剤投与量。
魔力適合率。
魔力定着率。
流路形成率。
エトセトラ。
とにかく、悪寒のするような単語ばかりが並んでいた。少女の適合率、定着率、そして形成率は投与量に反比例するように小さく、それがなにを示すのか、清一郎はなんとなく気づいてしまった。
「観測室です。検体を返しに参りました」
チャイムを押す。研究科のプレートの下にある扉は、観測室の2倍はある。
やがて、ひとりの男が出てきた。訝しげな顔をしている。
「だれだ?」
「申し遅れました、本日より観測室へ配属されました、東雲清一郎と申します。よろしくお願いいたします」
「ええっ・・じゃあ、これからはあんたが?」
「・・と、言いますと?」
分かりきっているが、あえて愚鈍なふりをすると、相手は顔をしかめた。
「もう、八咫烏さまには会えないのか・・」
八咫烏。神話に出てくる、天照大神の使いであるカラスだ。
彼の名前を聞いてないことを思い出した。
だが、十中八九、俗名だろう。国を牽引する魔法使いには、二つ名がつくという。二天、六道、十六夜の3名の魔法使いは、市井でもよく名を聞く。おそらく、数字を冠することが共通点なのだろうが、そうでありながら、失敗作とされたのは、なぜなのか。あるいは、自称?
たしかに、地割れを起こす二天、死者を甦らせる六道、そしてすべての魔法が使えるという十六夜と比べれば、地味な魔法であることはそうだが、情報戦では、大きな意味をもたらすのではないか。
そんなことを考えていたため、男の言葉を理解するのに時間がかかった。
「言っとくが、抜け駆けは禁止だぞ」
「は?」
「八咫烏さまだよ! まあ、もう遅かったか? きれいだもんな、あの人」
「・・・」
「はあ、おまえのせいで、お声を聞く機会も失っちまった。すぐ辞めてくれてもいいんだぜ」
うそかほんとうかもわからない言葉に、清一郎は反応せず、カルテを渡した。
「あの、検体を・・。ご参考までにお聞きしたいのですが、この方はどうなるのでしょうか?」
「あ? あー・・適合率9.3%ね。なら、新薬投与だな」
「・・新薬投与?」
「開発中の薬を打って効果や副作用を確かめるんだよ。どうせ魔法使いにはなれないしな」
男はことも無げに言った。それが、どれだけ非人道的なことであるか、忘れそうになるほどに。だが、それでよかったのかもしれない。男が背を向ける前に、顔をしかめてしまっていただろうから。
観測室へ戻ると、彼、もとい八咫烏は、机に突っ伏して、どうやら眠っているようだった。
なんて、怠惰な。やりがいのない。腑抜けた。つまらない仕事なのだろう。だが、これしかないのだ、退役を余儀なくされた軍人としても、妹を取り戻す兄としても、これしか道はない。
すこし、漁らせてもらおうか。そう思った矢先に、八咫烏が顔をあげた。不機嫌そうに、こちらを見つめる。
「・・おそい」
「申し訳ありません。自己紹介をしていたので、遅れました」
「ああ・・」
抜け駆け。
男が言った言葉を反芻する。
たしかに、見目は整っている、だろう。あまりそういうことには詳しくないが。二天、六道、十六夜も容姿端麗と評判なので、おそらく俗名付きは、皆そうなのかもしれない。
「八咫烏さま、とおっしゃるのですね。なんとお呼びすればよいでしょうか」
「・・べつに、なんでも」
「では、そのまま八咫烏さまと、お呼びいたします」
八咫烏は返事をしなかった。髪を乱暴にかき乱す。そして、あくびをひとつ。どう足掻いてもひまそうに見えたため、正直に問いかけた。
「検体は、あまりこないのでしょうか」
「こないほうがいいだろ、あんなの」
「・・・え?」
「人工的に魔法使いをつくりだそうなんて、神に対する謁見行為だ。・・っていう演説を聞いたことがあるけど? どうなんだ、シンパさんは」
そっちの意味か。
危なかった。あやうく、動揺するところだった。
「一理あるのでしょうが、見えぬ神より、見える魔法使いさまです。とくに、二天さまは、お近くでそのお力を拝見させていただき、畏敬の念に打たれました。あれ以来わたしは、博打打ちの神よりも、魔法使いさまを信じております」
「・・・」
「八咫烏さまは、他の魔法使いさまとも、交流がおありになるのでしょうか」
「・・あるわけないだろ」
打って変わって、八咫烏の顔が険しくなった。
プライドだろうか。失敗作と言われる自分と、称賛される二天を比較したか。だが、発せられたのは意外な言葉だった。
「おれを使って二天に近づこうとか、無理だから」
「・・・」
清一郎は目を丸くした。
そんなふうに勘違いをするとは、思わなかった。
「そんなつもりは、毛頭ありません」
「あるやつが、あるって言わないだろ」
「いえ、本当に・・」
八咫烏はすでに聞いていなかった。そうであることが絶対なのだと言わんばかりだ。
なにかを言うべきかと思ったが、なにも言えなかった。清一郎の中に選択肢すら浮かばなかった。
やがて、本を見たまま、八咫烏が言った。
「もう、帰っていいよ」
「・・しかし、退勤時間には、まだ」
「やることないし」
そっけない反応に、これはどうやら、完全に勘違いされてしまったらしいと察する。よもやクビ宣告ではないだろうなと思い、明日の約束を取りつける。
「では明日は、朝一で出社いたします。よろしいでしょうか」
「いいけど、べつに。おれ、朝は遅いからいないよ」
「・・お迎えに、」
「来なくていい」
「では、出社をお待ちしております」
「・・・」
八咫烏がため息をついた。清一郎はそれに気づかないふりをして、頭を下げた。
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