第2章 ポストック

第3話 甘い香りとステイタグ

兵士の歓迎の言葉を背に整った石畳を歩く。

暫く歩くと街の外からも見えていた大きな円柱の建物へとたどり着いた。

中央には両開きの大きな透明の扉、少し離れて右側には四角い穴のような物が存在しているようだ。

あいつが言っていた窓口と言うのはあれの事だろう。

中央の扉の上から右側の穴の上まで、帯を模したような形のでっぱりが続いている。


「近くで見ると迫力が凄いですねぇ」


「思った以上にデカいんだな」


「ですね。窓口はあそこかな……?すみません。街で過ごす為の手続きをお願いしたいのですが……」


窓口に向かったツルツルが声を掛けると中から穏やかな声が聞こえてくる。


「ようこそ。ポストック郵便局総本店へ。わたくし、モリフクロウのリウ・シャービスが対応させて頂きます。街に滞在する為の手続きですね、少々お待ちください」


そう口にしたフクロウは背後に設置された木製の棚の中から音も無く羽根を動かし数枚の書類を取り出す。

そしてツルツルの前とオレの前に一枚ずつ差し出した。


「こちらが、滞在受付書になります。内容を確認頂きまして、ご納得頂けましたら、お名前、滞在の目的をそれぞれの欄にご記入頂き、お連れ様には此方に身体の一部でスタンプを押して頂ければ問題ございません。もし必要であればインクもご準備しますが、如何されますか?」


「オレにインクは必要ない、後で拭くのが面倒だからな」


「畏まりました」


「……お願いします」


フクロウの問いに首を軽く振った後、自身の前脚に着色ペイントを唱える。まぁ唱えると言っても高貴なオレは頭の中で考えるだけで魔法が使えるから、口での詠唱は必要ないが。

差し出された紙にそれを押し付けると、視線の先でツルツルも書類に何かを記入していた。


「ありがとうございます、それでは滞在証をご準備致しますので、もう少々お待ちください」


戻ってきた書類を受け取って内容を確認したフクロウが書類を手元の引き出しに丁寧にしまい込むと、少ししてカタカタと言う音と共に引き出しが再度開く。

中から取り出した銀のプレートへ細い紐を通すとツルツルに差し出してにこやかに笑った。


「お待たせいたしました。此方が滞在証になりますので、此方の街に滞在してる間は手元から離さない様にお願いします」


「分かりました」


ツルツルが受け取ると銀のプレートは見る見るうちに小さくなり、ツルツルの右手の小指へゆっくりと巻き付く。

軽く引っ張ってみても指からは外れないようだ。


「これなら無くす心配もなくて安心ですね。ありがとうございました」


「どういたしまして。お二人にニーヴァ様の祝福が訪れますように」


街の簡易地図を差し出し礼儀正しく頭を下げたフクロウに見送られ、その場から離れると不意に横から大きな音がした。


「……腹が減ったのか」


「……久しぶりによく歩いたので……」


「仕方のない奴だ。さっき地図を貰ってただろ?何処か良さそうな場所は無いのか?」


「うーん……あ、この時間なら南の広場の方で色んな屋台が出てるみたいですよ」


「じゃぁ一先ずはそこに向かうか」


「はい……ご迷惑をお掛けします」


◇◇◇◇◇◇


郵便局を中心とし、放射状に広がる石畳の横にはそれぞれ東の丘、西の森、南の広場、北の駅と書かれた看板が設置されていた。

看板に従って南の広場へ向かって進んでいると賑やかな音楽や色々な声が流れてくる。


「らっしゃいらっしゃい!ポストック名物、風包ふうづつみはどうだい!」


「こっちの華火実かかじつも負けちゃいないよ!」


「今なら想送人タグのサンプルが特別仕様になってるよー!!まとめ買いなら相棒と一緒のタグもランダムでお渡し中ー!寄ってって寄ってって!!」


「お母さん!僕、タクトさんのタグ欲しい……!」

「また?もうお家に何枚もあるじゃない」

「違うの!今日のは表面にキラキラがついてるの!!」

「えぇ?どれも一緒でしょー?」

「全然違うよ!!」


この街には想送人とやらが存在しているらしいとツルツルが言っていたが、どうやら、子供らの憧れの職業のようだ。

街の至る所には想送人の文字と名前と共に絵や写真なんかが飾られているし、タグが欲しいと駄々を捏ねているのも何人か居る。

だがそれより何よりさっきから漂ってくるこの甘ったるい匂いは……


「おいツルツル!美味そうな匂いがしてる。先ずはあれを買うぞ!!」


「良いですね。甘い匂いの正体は華火実、かな……?色々な果実が一緒になってる物で大丈夫ですか?」


「あぁ、寧ろそれが良い」


「分かりました、華火実ミックスを2本お願いします」


「はいよ!華火実ミックス2本で2フェザーだ」


「フェザー……?あの……今、これしか持ってないんですけど大丈夫ですか……?」


「あぁ!悪いね、他の国だと現金貨幣の事はメカって読んでる所が多いんだろうが、此処じゃフェザーって呼んでんだ。もちろん価値はメカと同じだし、それで会計出来るよ」


「良かった……!じゃぁこれで」


「毎度あり!直ぐに焼くからちょっと待っててくれ」


華火実を売っているのは気の良い店主のアオビギツネだった。

後ろの脚2本でバランス良く石畳の上に立ち、頭に布を巻いて青い炎を身に纏っているのと、少し大きい以外は普通の狐だ。


屋台の前面に準備されている、串に刺した様々な果実を客が選んでそれを目の前でサッと炙ってから特製の蜜を掛ければ商品が完成する。

簡易な容器に入れられた華火実の甘酸っぱいと香ばしいが混ざり合った匂いに自然と腹の虫が鳴る。


「はいよ、出来立ては熱いから気を付けてくれ」


「ありがとうございます、本当だ。容器もちょっとだけ熱い」


「おい、早く!!」


「はい、これどうしよう……串から外した方が良いですか?」


「そのままで良いぞ。浮かせながら食べるから」


ツルツルが差し出した華火実を浮遊フロートで空中に浮かせ、続けて固定フィックスを唱えると、空中で静止したそれをオレは漸く口に出迎える事ができた。

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ヤッコのメカニカ百科事典。~ 高貴なモフモフはツルツルと旅に出ます!~ 水春 煙 @suien_1819

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