第5話 奈落の聖句

「……! そうなのか」


 と驚くロイに


「ただファミリーネームに覚えがないんだ。普通の餓鬼かもしれないんだが」


 そこまで言うと、ウォレスは持っていたコーヒーを一気に飲み干し


「アウルスの施設出の子供なのは間違いない。奴を知ってたぜ」


 と付け加えた。その言葉に


「そうか」


 とだけ答えたロイは、また作業に戻った。

 そんなロイにウォレスは、


「 "Inイン vinoウィーノー veritasウェーリタス." をメモった本を持ってた」


 と話しかけてみた。


「『酒の中に真実あり』? 酔わせると本音が出るって意味だろうな」


 期待どおりロイはその意味を答えた。


「俺の好きな言葉だ。アウルスは良く仲間の好きな言葉を聖書にメモってたよ」


 と伝えると


「酒好きのお前らしいな」


 とロイは短く返した。


「その本をその餓鬼が持ってたんだ」


 話を続けるウォレスに付き合いながら、


「じゃあ間違いなさそうだな」


 ロイは淡々と返事をしてゆく。

 いつものことだが、ロイとは会話が続かない。そこでウォレスは話題を変えてみた。


「それにしてもおめぇ……本当に何でも知ってるんだな」


「アスペルガー症候群に間違われたことがある」


 ロイがまた真面目に答えた。


「違うのか?」


 とぼけて聞くと


「俺はまともだ!」


 真に受けてロイが一蹴した。


「……って、ハワードの奴も思ってるんだろうなぁ」


「……!」


 今まで適当にあしらいながら報告書を書いていたロイの手が止まる。


 ハワードは十六歳の少年兵だった。


「客観的に見て、医局の連中はASDを疑ってるけどな」


 いつになく真面目な声で ウォレスが言った。


 ハワードは紛争に巻き込まれたせいなのか、ほとんど自分を表現することもなくなってしまった冷めた少年兵だった。


 その少年を紛争から救い、この施設へつれて来たのがロイだったのだ。


「彼もまたまともだ」


 ロイは静かに否定しながら、作業を再開した。

 その様子を伺いながら、ウォレスはまた話しかけた。


「"Viveウィウェ utウト vivasウィーワス."」


「今度はなんだ? ――『生きるために生きることを目指せ』――か?」


 ロイがその意味についても無愛想に答えた。

 ウォレスは、


「転じて『死ぬまで生きろ』そして『生き抜け』ってことだ」


 と続けた。


 ロイはその言葉に即座に反応を示した。


「ハワードの口癖だ……『死ぬまで生きろ』」


 そう言ってロイは再び作業の手をとめた。

 その様子を見ながら、ウォレスは


「あいつの『呪縛』だよ」


 と続けた。


 二人のよく知るその少年兵は、常に言っていた。


『「死ぬまで生きろ」は、父からの呪縛です。その言葉のせいで、僕は死ぬことすらできない』


 そして彼は、父の遺言を守り、今も戦場で傭兵として生き続けていた。

 ロイはそのことについて、


「ハワードは『戦場で、生きている意味がわからない。状況に対応するだけだ。それが父の残した遺言だ』と……」


 そう言って言葉を詰まらせた。


「違ってたんだよ、解釈が……あいつの親父さんの言葉だ」


 代わりに、ウォレスが続けた。


「『死ぬまで生きろ』は、ただ死を待ちながら生きろって意味じゃない」


「……」


「"Vive ut vivas."『生きる為に、生きる意味とすべを見出だせ』の意味だったんだよ」


「ハワードはそう思ってない。勘違いしてるんだ……!」


 ロイは、ハワードの父の想いが彼に届いていなかった事に、ようやく気がついたのだった。


「……ありがとう、ウォレス!」


 とにかく、早めに彼に知らせたいと思うロイは、早々に礼を言った。

 すると、ウォレスが、


「俺じゃない。アウルスが同じことをそいつの処にいた餓鬼に教えてただけだ」


 と答えた。


「キムに?」


 アウルスの養護施設から来たと言われている少年が、その言葉を知っているのも意外だった。

 ウォレスは、


「面白い餓鬼さ。動線ラインが読めてた」


 と続けた。だがロイにはその意味が分からず、


「何の話だ?」


 と聞き返した。するとウォレスは、またとぼけて、


「てめぇは先頭走ってたから、知らねぇ話だよ」


 と誤魔化した。しかしロイは、


「つまり、お前の動線うごきを読んでた?」


 と指摘してみせた。ウォレスはそのことには答えず


サマーキャンプ で育ててみるかな。そいつ……」


 とつぶやいた。それを聞いたロイが


「また生徒に、散々叩き込むつもりか?」


 と、少しあきれ気味に聞き返した。


サマーキャンプまでは居なきゃならねぇからな」


 うそぶくウォレスに


「弟子は俺が最後じゃなかったのか」


 と再びロイが尋ねると


「お前を弟子にした覚えはないぞ」


 とウォレスが真顔で答えた。


 だがその態度はロイの反感を買う羽目になった。


「俺もお前の弟子になった覚えはない! それなのに、デキが悪いとか理由つけて、体育教官に任命して残したりするから…… 職権乱用だろう! おかげで同期の奴等は皆そう思ってるんだぞ!」


 とロイもまた、真面目に反論した。


 ― 完 ―


 ----

(本文ここまで)


【あとがき】


 全5部作の最終回です。

 最後までお読み頂き、ありがとうございました!え〜説明不足。結局アウルスって誰?キムの生い立ちは?などの説明は、本編と直接関係ないので省いてます(キッパリ)。ハワードについては別物語「葬送」にて、多少触れておりますので、そちらをご一読下さい(PR)


 次回は

 6月から、総字数2,3万字くらいで、全18話に及ぶ作品を1ヶ月ほどかけて出す予定です。

 今回との絡みは、「この学園卒の生徒の行く訓練施設」以外は、何の関係もありません。(ウォレスも出ません。)

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パルクール =ミリタリー学園= ぱぴぷぺこ @ka946pen

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