第4話 波紋の行方

「生きる為に生きることを目指せ……か」


 ウォレスもまた、独り言のようにつぶやいた。


 そんなウォレスにキムは


「『 ただ存在しているのではなく、真に生きるために生きるすべを探しなさい 』と教わりました。僕は常にそうやって生き残ってます」


 と伝えた。

 この言葉はキムのかてとなっている言葉だった。


「生き残る…… 」


 ウォレスはその言葉に聞き覚えがあった。

 それは、ウォレスの知り合いの少年兵の口癖だった。

 その少年兵は、


『父の遺言です。――死ぬまで生きろ――』


 と言っていたのだった。


「ははっ……そういうことかぁ」


 軽く笑ったウォレスを、いぶかしげに見ながらキムは言葉を続けた。


「……教授。本を返して下さい」


 そう言われ、ウォレスは自分の持っているキムの本に気がついた。


「すまない。付き合わせて悪かったな」


(よく人の話に付き合うなぁと思っていたら、まだ本を返してなかったからか)


 そう思いながら、ようやくウォレスは本を差し出したのだった。


「ただ……お前と同じ考えを持った奴が、傭兵にいるから思い出してた」


 そう言いながらキムにその本を返した。そして最後に


「アウルスは元気か?」


 と尋ねた。

 軽く聞いたつもりだったが、少し寂しそうにキムは答えた。


「……長いあいだ会ってはいません。もう会わないと…… 」


 そう言って口ごもった。その様子をみてウォレスは


「縁は切れたって? だから、本だけは持ってるのか」


 と問い返した。


「だから、大事な本なんです」


 キムはそう言って、大事そうにその本を鞄にしまった。


(関係ないと……? じゃあ何故ここに来たんだ?)


 ウォレスはてっきり、 黒犬おなじ部隊だったアウルスの紹介で、この少年が学園に来たのだろうと考えていたのだった。


 鞄に本をしまい終えたキムが、今度は逆に尋ね返した。


「教授、先ほど、パルクールに参加されていましたよね」


「さぁな、忘れた」


 興味のないことには答えないウォレスらしい返事だった。

 それでも、キムは


「何故、先ほどは…… 」


 と話を続けようとした。

 その言葉はウォレスの興味を引き、彼はチラリとキムを見た。

 キムはその鋭い視線に躊躇ためらい、それ以上深入りすることをやめた。


「…いえ。何でもありません。失礼します」


 そう断ると、少年は門限が近い寮へと急いで帰っていった。


「……ふん」


 その後ろ姿を見ながらウォレスは思った。


(俺と同じ動線ラインを読む奴がいたのか……)


 あの場面で、衝突を回避したことに気づいた者が、生徒の中にいたことに、彼は心ならずも感心してしまったのだった。


 ◆


 キムと別れ事務局に戻ると、ロイが日報の処理をしていた。


「断る前に言っておくが、これはお前のな。」


 そう言ってウォレスは、持っていた紙カップのコーヒーをロイの机の上に置いた。

 

「で、調べて欲しい餓鬼ガキがいるんだが……」


 まだ仕事中だったロイに、ウォレスが話しかけた。


「ウォレス。生徒って呼べと言ってるだろう」


 ロイの注意も、何処吹く風と言わんばかりのウォレスは、鼻で笑い


「嫌なら、大人の方でもいいぜ」


 と言った。


「大人? アウルスか?」


 ウォレスの言葉に反応したロイに


「おや、何故お前がその名を知ってるんだ?」


 と尋ね返した。


「生徒管理部のモーリスから聞いた。」


 受取ったコーヒーに手を伸ばしながら


「どうやら彼の養護施設アジトから、子供がひとり来てるらしいって言ってたんだ。名前は… 」


 ロイが答えると続けて


「キム・レイだ。本人に会ったよ」


 とウォレスは言った。



 ----

(本文ここまで)


【あとがき】


 全5部作の第4回目です。

 格言にハマった事があります。ただこいつは訳を間違えると化けます。今回はそんな話です。"Vive ut vivas "の直訳は「生きる為に生きよ」ですが意訳は「ただ生きるのではなく意味を持って生きよ」です。この違いに気づいたウォレスが思わず、苦笑するのですが、その理由については、次回の話となります。


 次回は 最終回です。上手くまとまればよいのですが…。

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