第3話 霧中の真相

「――その本」


 その男が、先程のパルクールに出ていた教授だと言う事は、キムにもわかった。

 わからないのは、その男がなぜ自分の本を持っているのかと言う事だった。


「これかぁ? 拾った。誰が取りにくるかと思って待ってたんだ」


 その男はしたり顔でキムを見下してきた。


「……! 何処で?」


 キムは怪訝に思いながらも慎重に尋ねた。


「階段の後ろに落ちてた鞄の中からさ」


「――! それは盗ったんだ!」


(盗られた!)


 そう思ったキムは思わず声を上げてしまった。

 だがウォレスは


「お前の鞄とは言ってないぞ」


 とうそぶ


Liberリーベル hicヒク tuusトゥウス estエスト?――これはお前の本か?――」


 ラテン語で話しかけてきた。


「――!Itaイタ, meusメウス estエスト. Reddereレッデレ quaesoクァエソー.――はい、僕のです。返してください――」


 キムもまた反射的に返事を返した。


「ふん。表紙の裏に書いてあった文章だな。裏表紙のとは違って見覚えのない字だったんだが、道理で…… お前が書いたのか?」


 とウォレスは重ねて尋ねてきた。


「はい。落とした時に備えて…… それは僕が書いたものです。だから、それ以上は……話せません」


 キムはその質問に対し、言葉を選びながら答えた。


「だろうなぁ。誰から教わったんだ?」


「……」


 キムはそれには答えず、とにかく無事に本を取り返す事だけを考えていた。


「この本の "元の持ち主" からか?」


 重ねて聞いてくるウォレスに


(――!? アウル牧師を知っているのか? )


 そう思ったキムは


「その人をご存知なんですか?」


 と思わず質問をしてしまった。

 その言葉に薄っすらと笑ったウォレスは


「ここ(裏表紙)に、落書きがあるんだが……」


 と質問に答える事もなく、薄い聖書をくるりとひっくり返した。


「それは……!」


 裏表紙には名前ではなく、ある言葉が書かれていた。ウォレスはそれを読み上げた。


「 "Mementoメメント moriモリ." この意味は分かるのか?」


 ウォレスに聞かれキムは再び答えた。


「 ――死を忘れるな―― と教わりました」


 そう答えながらも


(知ってるのか? アウル牧師を……誰なんだ? だけどもし、教授がその名前を知らなかったら…… 迂闊うかつには聞けない)


 そう考えたキムは、慎重な姿勢を崩さなかった。


 その様子を観察しながら


「そうか。俺が好きなのは "Inイン vinoウィーノー veritasウェーリタス." だ」


 とウォレスは言った。


「中……ワイン……真実? 」


 単語の訳をたぐったが、文の意味についてはまだ知らなかった。


(……知らないか)


 そう思いながらウォレスは


「この本の中には結構な落書きがあるんだが……全部知ってる訳じゃないんだな」


 とぱらぱらと本をめくった。


 教授の言う通り、聖書には多くの格言がメモされていた。キムにとってその本は、牧師から贈られた指南の書バイブルだったのだ。


「あった。ここに書いてある落書きだ。で? お前さん、名前は?」


 と本から目を離して再びキムを見据えた。


「キム……キム・レイです」


 キムは言われるがまま、自分の名前を口にした。


「レイ? それがお前の名か」


 ウォレスは重ねてキムに尋ねた。


「ここでの登録はキム・レイです」


 キムは様子を伺いながら用心深く答えた。


(レイは……聞かない名たな)


 内心そう思ったウォレスだったが、その名付け親についても質問をしてみた。


「名付け親はアウルスか?」


 キムはその言葉に息を飲んだ。


「……! やはり、ご存知なんですね?」


 名付け親。

 キムにとってアウル牧師は、過去に居た施設の牧師だった。そして、その牧師は彼にとっては親同然の存在だったのだ。


 牧師は自分のことを「アウルowl(フクロウ)」だと名のっていた。偽名よびなだとは分かっていたので、アウルスと言われ、キムは間違いではないと直感した。


「"Memento mori." は、奴の座右の銘だったからな」


 ウォレスはそう言って本に再び目を落とした。そして


「自分の持ち物にはよく名前代わりに書いてたものだ。これは……あいつの字だ」


 と目を細めた。


「……『常に、死と隣り合わせに生きてることを忘れるな』と、いつも言われていましたから…… 」


 それに答えるかのように、キムはその意味を説明した。


 教授がなぜ牧師の事を知っているのかは分からなかった。

 ただ、聞き返したところで、この男は答えないだろうとキムは悟っていた。


「お前にも何か好きな言葉はあるのか? 」


 ウォレスに尋ねられ、キムは顔を上げた。


 アウル牧師はよく、色々な格言を言っていたのを思い出していた。


「僕の言葉は、Viveウィウェ utウト vivasウィーワス.―生きるために生きろ―」


 キムは短く、それでいてしっかりと答えた。



 ----

(本文ここまで)


【あとがき】


 全5部作の第3回目です。

 いきなり子供がラテン語喋るかぁ?とのツッコミごもっともです。ここもよく指摘される場面です。ルビも五月蝿うるさいです。自覚してます…ハイ。ただ文才が無いのでそのままにしてあります。


 次回は

 この物語の核(?)になる"Vive ut vivas.の解釈についてです。

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