第55話 ミズホとユニークスキル
さて。ルアナとフライヤの“いい場面”も見届けたし、あとはルアナを助けてここを脱出――それだけ。
ガチャガチャ……。
うん、そりゃ鍵は掛かってるよね。
でも、見た感じは古い錠前。――いける。
私は指先に小さく火を灯して、錠前の継ぎ目に熱を集中させた。
金属がじゅうっと鳴いて、焦げた鉄の匂いが鼻に刺さる。最後に軽く刃先でこじると――カチン、と。
「なんだ、簡単に壊れるじゃない。これ、もしかして自力で脱出できたんじゃ……?」
そこで、思ってもいない反応が返ってきた。
「ちょっと待って。――なんで、ここで“魔法”が使えるの?」
「え?」私が瞬きをすると、ルアナは真顔で続ける。
「ここは“魔法封じ”の結界が張られてる。魔法持ちが脱走できないようにするための。だから、魔法技は無効になっているはずだ」
私は反射的にエリーを見る。彼女は首を横に振った。
「……私、今は光魔法が出せない」
え、じゃあ、今、魔法が使えたのって――私だけ?
「もしかして、これって“選ばれし者”的なやつ?」
「いや、それはないニャ!」
「クロ!」
精霊界に行っていたはずのクロが、気配もなく私の肩に着地した。つやっとした黒毛、紫の瞳がふっと光る。
「戻ってきてみれば、面白いことに巻き込まれてるニャ。二人とも」
「なんだ、このネコは?」ルアナが眉をひそめる。
「ムッ……“ネコ”とは無礼ニャ。我は偉大なる“闇の精霊”ニャ!」
「ふーん、へー……って、闇の精霊!? おいミズホ、コイツ何者なんだよ」
「実はね――」
私は端的に話した。クロが“闇の精霊”であること。私自身がクロと契約し、闇の力を選んだこと。そして“闇”の在り方を探すために旅をしていること。
「マジか……。闇の力の持ち主ね。驚いた」ルアナが目を細める。
「ええ……」フライヤも小さく息をついた。「私は、エリンが“すべての属性に意味がある”って言ってたことにも驚いたけど。――でも、あなた達の目的は分かったわ」
二人とも、受け止めてくれた。胸の奥がすこし緩む。
エリーがそこで口を開く。
「ところで、クロちゃん。なぜミズホは魔法を使えたの? ここ、私の光も封じられているみたいなのに」
「答えは簡単ニャ。ミズホの“ユニークスキル”のおかげニャ」
ユニークスキル。――この世界では、生まれた時に誰もが固有のスキルを持つ、っていうのが常識。だけど私は……。
「ミズホ、たしかスキル測定で“無し”――だったわよね?」エリーが確認する。
うん。ルーラ学園の入学時、測定器は『無し』って判定した。だから私はずっと“持ってない側”だと思っていた。
クロが尾を一振り。
「“無し”は“スキルが存在しない”の意味じゃないニャ。“測定器の辞書に該当項目が無い”ってことニャ。つまり――ミズホは“測定不能系”のユニークスキルを持っている、ということニャ」
「じゃあ、私のユニークスキルって?」
「名は“アンチフィールド”ニャ」クロの紫眼が細くなる。
「フィールド(場)にかかっている“マイナスのステータス効果”――封印、鈍化、枷、抑圧など、一定条件下の妨害領域を無効化するスキルニャ。だから、今みたいな“魔法封じの結界”の中でも、ミズホだけは影響を受けずに魔法を行使できるニャ」
「へえ……」私は思わず錠前の残骸を見下ろした。
すごい、と素直に思う半面、どこかで“なんで今まで分からなかったの”って気持ちも顔を出す。
クロは続ける。
「付け加えると――このユニークスキルの属性は“闇”ニャ。ゆえに従来の測定器では“該当スキルなし”になりやすいニャ。測定体系から“闇”そのものが排除されていたり、項目が未整備だったり、ね」
……なるほど。
ここでも“闇”は、いないことにされがち、ってわけだ。胸の奥に、じくっとした苛立ちが灯る。けど、今は噛みしめるだけにしておく。
(闇だから無いことにされる、ね。――だったら、存在の仕方を見つけてやる。ちゃんと)
私は顔を上げた。
「ユニークスキル問題は、あとでゆっくり整理しよう。今は――」
視線の先、格子の向こうでルアナがこちらを見る。
「ここを出る、だろ?」
「うん。目的は“ルアナを助ける”。達成したら、即時撤収。こんな場所に、長居の理由はない」
「……了解」フライヤがうなずき、レオンとカインもそれぞれ構えを確認する。
エリーは一瞬だけ目を閉じ、息を整えた。
「じゃあ、ミズホ。先頭、お願い」
「任せて」
私は手の中に残る微かな熱をもう一度確かめ、通路の闇を見すえる。
鉄の匂い、石壁の冷たさ、遠くの足音――全部、変わらない。けど私たちの状況はもう、さっきまでの“囚われ側”じゃない。
「行こう。――ここから、出る」
篠崎ミズホの冒険 クロと闇の冒険物語 旅立マス @jhlucky839
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