Part6 君と、話したい。

 そして迎えた、文化祭当日。

 朝から窓の割れんばかりに皆の騒ぎ声が響き渡り、太陽よりも熱く、空よりも青い熱狂の渦が巻き起こっていたのだった。

 そんな時間はあっという間に過ぎていき、現在時刻は十七時を少し回った頃。クラスや部活動の企画は皆終了し、校内の全員が、グラウンドの特設ステージ前に集まっていた。

 目的は当然、生徒会企画。

 して、そのステージで行われていた演劇も今や、クライマックスを迎えていた。

「……あの人達は、優しいんだ。何も考えず殺して回るお前らと違って、あの人達には……優しさがあるんだッ!!」

 実行委員の少女が、魔法使いのような衣装をまとい、鬼気迫る表情でセリフを言った。

「はっはっはっ! 何を言うか愚か者!」

 その正面に立っていたのは、生徒会長の文也。まるで魔王のような装束を着て、悪役っぽい笑い方で言った。

 今回の演劇のストーリーとしては、魔王の娘でありながら人類の味方につく魔法使いが、魔族のあり方に疑問を持ち魔王への復讐を目指す、というもの。台本は演劇部部長が特別に作成したもので、ストーリー含めかなり完成度の高いものになっていた。

 そして、演劇部部長は、生徒会の面々プラス実行委員全員の演技指導にも協力していた。この高校の演劇部はそこそこ実力がある故、指導を受けた皆の演技にさほど素人さは感じられず、ある程度経験のある人のような迫力を放っていた。

 そんなこんなで、冷やかし程度で訪れていた観衆も、今や舞台上の役者に夢中になっていたのだった。

 では、そんな舞台での文愛の役柄はと言うと。

「……人類はな、必死に生きてんだよ。お前らみたいな奴を――ぶっ殺す為にさァッ!!」

 魔法使いに共感し、共に戦う冒険者の少女だった。

 人数の多さ故大半が脇役になるこの舞台の中では、かなりの大役である。

 鬼気迫る表情で声を張り、演劇部から借りたかなり精巧な剣を手に魔王へ切りかかる。

 なぜ陰キャである文愛が、このような目立つ役をやっているかと言えば、やはり麗那が理由だった。

 ここで感じた刺激的な経験を共有すれば、もっと笑顔になってくれる、と。別に顔が見えるわけでもないが、文愛はそう考えていた。

 

 その内、魔法使いの攻撃によって魔王が倒れ、それで舞台は終了した。


 割れんばかりの拍手が響く中で、文愛らはステージ裏へ戻った。

「みんな……お疲れ様!! 俺は最後にみんなと演劇をやれて嬉しい!! ありがとう!!」

 その中で、文也が馬鹿みたいな声量で言った。多分ステージ前の観衆にも聞こえていそうな感じがあったが、皆が興奮し高揚感を覚えている今、それを指摘する人間はいなかった。

 気づけば文也の拍手に合わせ、ステージ裏は拍手で満ちていた。文愛もパイプ椅子に座りつつ、疲労で勢いを失った両手でもなんとか拍手をしていた。

 拍手は、五分程続いていた。

「じゃあ、この後は皆クラスの方に戻って、教室の片付けだ。部活の企画がある人はそっちも忘れずにな。このステージは後で業者が片付けるから、忘れ物のないように。それじゃあ……解散!!」

 鳴り響いていた手の音が止んだ後、文也は今後の流れを端的に説明し、この場を解散させた。



 あれから数分、文愛はクラスに戻り、片付けをしていた。2-3の企画は、カフェ。別にメイドでもない、ただの喫茶店のようなものであった。故に文愛としては大した客は見込んでいなかったのだが、どうやらそこそこ人は来たらしかった。

 ただ、文愛は生徒会企画の準備の関係で最初の方しか居られなかったため咲季から聞いただけであり、具体的な所はよく知らないのだった。

 文愛はそんなことを思い出しつつも、疲れた身体に鞭打って片付けを進めていった。



 すっかり伽藍堂となった教室からは、また一人、また一人と出ていく。部活の打ち上げに行く者、友達と青春の雰囲気に浸りながら帰る者。

 文愛と咲季も、そんな人の流れに乗って教室を出た。もう随分と落ちてしまった夕陽がなんとか山際から放つ光に満ちた廊下を、二人は思い出を語りつつ、笑いながら歩くのだった。

 やがて、あっという間に玄関に到着した。

「じゃあ、また来週」

「うん。ばいばい」

 校門へと並んで歩いた後、文愛は咲季とそう挨拶を交わして別れた。咲季の背をしばらく見送った後に、急ぎ足で図書館へと向かう。

 その顔は、これまでにない笑顔だった。


 この思い出を話したら、麗那はどんな反応を返すだろうか。

 気になる。

 早く話したい。


 そんな感情達が、文愛を突き動かしていた。

 五分経ったかも怪しいぐらいの速さで、自分でも驚くほどの速さで図書館へたどり着いた。

 そのまま息を整えることも忘れ、中へ入るのだった。

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