Part3 君と、日常の最中にて。
ある平日の、放課後のこと。
「はぁっ……はぁっ……!」
行き交う車の轟音の中を駆け抜ける、文愛の姿があった。鞄を抱え、息を切らしながらの全力疾走。
目指していたのは、図書館だった。
家と学校の丁度真ん中ぐらいに位置し、普通に歩いて行けば十五分程、小走りでいけば十分程でたどり着くその場所に――
今回ばかりは、五分で到着した。
「はぁっ……やばっ…………死ぬ……」
一度入口の前で膝に手をつき、なんとか荒い呼吸を沈める。一瞬走ったまま入ろうかとも考えたが、流石に変な人過ぎるのでやめた。
数分かかって呼吸が落ち着いた後に、入口の自動ドアを抜けた。
しかしその後も
(入口から三番目の棚、っと……)
一切合切の迷いなく歩き行く。
一分と経たず着いたのは、往年の名作が置かれたコーナー。
これまた迷いなくその左下隅へ手を伸ばし、病床少女を手に取った。
それから向かったのは、部屋の端にあるついたての置かれた一人席。パソコン作業や勉強など、1人の空間で集中したい人向けの席である。
文愛はそこに座り、病床少女に指をかけた。
しかし開いたのは本編ではなく、奥付のページのさらに後。
麗那の言葉が刻まれたページだった。
「ただいま、麗那……」
結局荒くなってしまった呼吸と共に、小声でそう話しかける。
『疲れすぎww そんな急いで来なくてもいいんだよ?』
すると、瞬きの後に返事の文言が書き足されていた。
「いや……早く、話したくて……」
ここまでの文愛の原動力は、それだけだった。ただ話したくて、どうしようもなかったのだ。
『そんなに私と会話したいか……なんか嬉しくなっちゃうね。で、今日は何があったの?』
「っと……今日は、体育でバスケやってたの。そしたら私、試合中女バスの人にどつかれてさ……即保健室送り。笑えるでしょ?」
『あははははww 運悪すぎww』
笑い転げて椅子のがたつく音が聞こえてくるぐらい、真っ直ぐに自然と綴られた言葉。それを読んだ文愛もまた、口角を上げて微笑んでいた。
(やっぱ……楽しいや)
もともと、学校生活のことを話すというのは、麗那の願望であった。
だが今となっては、文愛自身も普段のことを話すのが楽しくなってきている所があった。
文愛には、学校である程度気を抜いて話せる『友達』こそ僅かながらいたものの、休みの日に遊んだり様々な思い出や悩みを共有したりできる『親友』までの関係の人はいなかったから。
麗那という初めての『親友』が、嬉しかったのだ。
日常生活の他愛のない話をして、笑い合う。
文愛にとっては初めてだったその体験。それが、彼女には普段の読書よりも何倍も楽しいものに感じられた。
それ故に、文愛の体感的には、以前よりも閉館時間の訪れが急に感じられるまでになっていたのだった。
「あっ、もうこんな……じゃあね! 麗那!」
『うん、バイバイ。また明日。』
閉館十分前を告げるアナウンスを聞いた文愛は、慌てて挨拶と共に本を閉じ棚へ戻す。
その時の本の見た目は、確かにページは増えているのにも関わらず、まるで何も変化が無いかのように普段通りの厚さになっていた。
しかし、本の中の人物と会話するというそれ以上に摩訶不思議な現象が起こっているため、文愛は今更そんなことに疑問を抱くこともなかったが。
そんなこんなで文愛は図書館の外へと歩き、冷たい夜風を感じながら家へと走って帰るのだった。
そんな日常が続き、早数ヶ月。
世界は十月を迎えていた。
日本では徐々に冬の足音が聞こえ始め、特に朝なんかは、起きた瞬間に活力が削がれるような殺人的な寒さが空間を満たしていた。
しかしそんな中でも文愛はいつも通り、歩いて学校へと登校していた。徒歩三十分程と言えどこの寒さの中では割と苦行であったものの、放課後には麗那と話せるということでなんとかモチベーションを保ち、校門を抜けるのだった。
玄関で靴を履き替え、三階にある2-3教室へと向かう。
長い階段の末、文愛は辿り着いた扉を開けた。既に多く登校した生徒の中を抜け、窓際の自席へ。
すると、隣の席の少女が彼女を向いた。
「文愛、おはよう」
そう言ってこちらに挨拶をしてきたのは、文愛の数少ない友人である、〈
ちなみに、にも関わらずツインテールな理由は本人によれば『入学初日にインパクトつけようとしてキメて行ったけど、結局誰とも話せなかった。でもいきなり変えたら陽キャ共に話題に上げられそうだから引くに引けなくなった』ということらしい。
そんな咲季へ「おはよう」と軽く返すと、文愛は鞄を置き教科書類の準備を始めた。
「……やっぱり、文愛最近彼氏でも出来た?」
咲季は、不意にそんなことを問いかけた。
「うぇっ!? いやぁ……そんな浮いた話は何も……?」
あまりにも不審な声色で返事をする文愛。当然、咲季は
「絶対嘘だ。明らかに日常生活における笑顔が多すぎる。あと帰るのも早すぎ。どーせ家に連れ込んでイチャコラしてんだろ!?」
その一言で文愛は、自分が準備の最中いつの間にか微笑んでいたことに気づいた。
「違うよ? 別に……何も…………?」
文愛は咲季の追及からあからさまに逃げるように、視線を明後日の方向に向けて誤魔化そうと試みる。
実際それで誤魔化せていたかというと全くそうではないのだが、麗那のことを話したって余計に怪しまれてしまうため、これが最善の策なのだった。
「てめぇ……! 陰キャ仲間だったのに裏切りやがって!!」
そんな感じで、長丁場になるかに思われた攻防。しかしそれもホームルームの始まりによって強制的に終了し、いつも通りの日常が始まっていくのだった。
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