見えない君と、また明日。

ʚ傷心なうɞ

Part1 君と、いつもの図書館にて。

 ここは、とある図書館。

 親子連れからお年寄り、テストを目前に控えた学生など様々な人が利用し、地域から愛されている、そんな場所。

 その中で、座って本を読む少女が一人。

 腰程までに伸びたつややかな黒髪と、冷静で知的な印象を抱かせる黒縁メガネ。鼻筋から顎にいたるまで西洋の彫刻のように美麗な彼女の名は、〈今江いまえ文愛ふみあ〉。

 高校二年生の彼女は、『文を愛する』との名前の通り、読書の大好きな人であった。

(なるほど……これは面白い……)

 して、今彼女が読んでいる本はと言えば。

 全編英語で書かれた、馬鹿に分厚い洋書だった。到底高校生が読むとは思えず、むしろ誰に需要があるんだと疑問を抱くぐらいの、重厚な出で立ち。

 文愛は、そんな本を食い入るように読んでいたのだ。

 一行一行を脳で認識し、かなりの速度でページをめくっていく。彼女のその姿からはまるで、部屋に籠り熱心に研究する学者のような気迫さえ放たれている感じがしていた。

 しかし、実際の所。

(……んだろうな。なーに言ってんのかわっかんない)

 彼女は、英語が一番の苦手科目だった。

 語彙は精々『Apple』『book』程度しか脳には登録されておらず、文法だって現在形しか知らない。過去完了だの現在進行だの受け身だのという中学レベルの話になると、宇宙開発ぐらい超越した次元の話に聞こえてしまう。

 それぐらい、彼女と英語の相性は最悪だった。

 だが、それでもページを捲り続けるのには、理由があった。

(いやしかし、やはり分厚い本を読むというのは良い。一文字一文字から放たれる迫力が段違いだ……)

 今江文愛という人間の趣味は、読書であると前述した。しかし細かく言えば彼女は『本の内容を楽しむ』のが好きではなく、『本を読むという行為』及び『本から放たれる雰囲気』、が好きなのだ。

 そう、変人である。

 別に本の内容に全くもって関心が無いわけではないが、優先されるのは後者なのだった。


 そんなこんなで読み進めること、数分後。


(やめよ。そろそろ頭が痛くなってきた)

 幾ら変人と言えど、意味の分からない情報を感じ続けては脳が疲弊してしまうようで。

 半分ぐらいの所で、洋書は閉じられてしまった。文愛はそれを重そうに抱えつつ、元の場所へと戻す。

『Zpv mjlf uijt opwfm tp nvdi uibu zpv hp

pvu pg zpvs xbz up tpmwf uif sjeemf boe sfbe uijt ufyu. Hint, Shift one to the left.』

 その拍子に一度背表紙に刻まれたタイトルを眺めてみた文愛だったが、やはりなんのこっちゃ内容は分からなかった。

 結局すぐに立ち上がり、次はどんな本を読むかと付近の本棚を見て回ることにしたのだった。


 数歩と、静寂な図書館の中を彷徨うろつく。


 その途中で、とあるコーナーが目に付いた。

 そこは、人気作家の往年の名作を集めたコーナーだった。多種多様なジャンルが一堂に会しており、ミステリーから恋愛まで様々な本が並ぶ場所であった。

 そのコーナーの左下隅。

 文愛は、そこにあった本を手に取った。

 タイトルは、『病床少女』。

(懐かし……昔読んだな……)

 それは、文愛にとってはかなり印象深い作品だった。少し記憶を辿れば、容易に展開が思い起こせるぐらいに。


 この物語は、主人公である少女が、長期に渡った闘病によって普通の高校生活を奪われ、笑顔すら見せなくなってしまったということの説明から始まる。

 しかし、序盤から中盤にかけては、そんな彼女が家族や病院内の様々な人と関わる内、気持ちを上向かせていく様が描かれる。そこで一見、少女が病から立ち直り成長していく、ポジティブな作品かと思えるのだが。

 最終的に、少女は病に犯され亡くなってしまう。


 そんな衝撃的な展開と、彼女が最期に放った『ばいばい、みんな。ありがとう』という言葉で多くの人が涙し、病床少女は発刊してすぐ、社会現象を巻き起こす大ヒットを記録したのだった。また、この作品が大ヒットした理由として、もう一つ大きいものが存在する。

 それは、少女の生き様が、作者の娘のものそのままであるということ。

 こんなにも悲しい出来事が現実に起こっていたという点でも、認知が大きく広まっていたのだ。

(せっかくだし……もう一回読んでみるか)

 その盛り上がりを当事者として体験していた文愛は、何か運命的なものを感じて『病床少女』を手に椅子へと戻った。

 静かに腰を降ろし、本の表紙に指をかける。

 その時、不意にある疑問が浮かんだ。

(あれ、そういえばこれって、発刊いつだったっけ……三年前とかかな?)

 文愛というのは、昔の本を読んでいると、なぜだかこれが気になってしまう人であった。

 本編もあとがきも一旦すっ飛ばして、発刊日が書かれているであろう奥付のページを確認する。

(もう四年も前なのか……)

 そこに書かれた日付を見て、文愛は脳内で感嘆の声を漏らした。ただ、そこを読んだ感想はそれで終わり、さっさと本編を読もうと指を這わす。


 その途中、視界には違和感のあるものが映った。


 奥付のページの、隣。

 本来何もページは無く、裏表紙の裏の真っ白な空間があるべき場所である。

 しかし、そこには更なるページがあった。

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