『白雪姫の継母』ですが、悪役令嬢に転生してしまいました。

ぽんぽこ5/16コミカライズ開始!

第1話


「白雪姫を害そうとした罪により──王命にて、今ここに火刑を執行する」


 熱い。


 焼けつくような灼熱が、足元から這い上がってくる。


 鉄の靴は真紅に染まり、皮膚を焼き、骨をも灼いてなお、容赦なく彼女の足を包んでいた。



「やめて……もう……!」


 どれだけ叫んでも、誰も止めてはくれない。

 王の命令。白雪姫の継母への刑罰。

 それが、この“燃える鉄の靴を履いて踊り、死に至るまで人々の前に晒される”という、悪役への最期だった。


 嘲笑が飛ぶ。

 蔑む視線が突き刺さる。

 彼女を美しいと讃えた人々はもういない。



「どうして……どうして、こんな……」


 かつて、鏡が映してくれたのは世界一美しい女の姿だった。


 だが、今、観衆の瞳に映るのは、焼けただれ、涙と汗でぐしゃぐしゃになった醜い自分。


『お前は、世界でいちばん、美しくない』


 ──誰かの声が、心の奥でささやいた。


「……私は……間違っていたの……?」


 白雪姫を憎んだ。

 若さを、無垢を、美しさを、何より“自分を超える存在”であることを認められなかった。

 だから、すべてを壊した。

 奪おうとした。殺そうとした。


 虚栄に囚われた女の末路。

 それが今の、この惨めな姿。



(せめて……)


 足が砕け、意識が遠のくなかで、彼女はひとつ、願った。


(もし、生まれ変わることができたのなら……違う生き方を──)


 その瞬間、視界が、真っ白に染まった。



 ◆


 熱いはずの痛みが、どこにもなかった。


 目覚めた瞬間、彼女は息を呑む。天井には金の装飾が施され、ふかふかの天蓋付きベッドに横たわる自分の身体は、軽く、健康そのものだった。


 ──ここはどこ?


 見知らぬ天井。異国の香。触れたシーツの感触さえ、記憶にない。



 ゆっくりと身を起こし、ベッド脇に立てかけられた鏡へ近づく。そこに映るのは、白磁の肌、波打つプラチナブロンドの髪、紫紺の瞳を持つ少女。


「……これが……わたし……?」


 あまりにも美しいその顔に、彼女は言葉を失った。


(前よりも若い……いや、これは別人?)


 ふと、焼け付くような痛みの記憶が脳裏をよぎる。鉄の靴。民衆の嘲笑。


 そして、最期に願った──


(せめて、もう一度だけやり直せるのなら……)


 ──その願いが届いたのだと、彼女は理解した。



「また、美しさを与えられたのね……でも、今度は──」


 その言葉に、かすかな決意がこもる。


「使い方を、間違えない」


 その時、控えめなノックが響いた。



「クラウディア様、朝のお支度のお時間です」


 クラウディア──


 その名を聞いた瞬間、胸の奥にすとんと何かが落ちる。思い出せなかった名が、今、この身体の中にしっくりと馴染んでいく。


(そうか……私は、今世ではクラウディア・エーベルシュタイン……)


 侯爵家の一人娘。

 悪名高き美貌の令嬢。

 社交界では“高慢で気まぐれな女”と囁かれ、笑顔ひとつで他人を蹴落とすとまで言われていた。


 ──そんな女が、もう一度人生をやり直すというのなら。


「……それでも、構わないわ」


 彼女は小さく微笑んだ。


「クラウディアとして、この人生を歩いてみせる」



 扉を開けて入ってきたのは、無表情で背筋の伸びた少女──リサ。


「おはようございます。ご気分はいかがですか」


 その後ろから続いて入ってきたのは、白髪をきっちり結った老女官──マティルダ。


「まぁまぁ、お嬢さまが朝から穏やかなお顔をなさっているなんて。これは雨でも降りますね」


「マティルダ……リサ……」


 その顔を見て、彼女は自然と安堵の息を吐いた。


 ──前の人生では、誰一人として、自分に最後まで寄り添ってくれる者などいなかった。


 この二人がいるなら、きっとやり直せる。


 たとえ“クラウディア”がどんなに悪名を背負っていても──


 彼女はそう思えた。


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