異世界必中教祖 ~女神に頼まれ異世界で布教始めました~
間隙
第1話 宗教、始めます?
眼前に広がる景色は、どう見ても寝る前に見た薄暗い六畳のマイホームではなかった。
青い空。青い…海?
いや、海か?海と呼ぶにはあまりにも地面として存在してるし、地面と呼ぶにはあまりにも水の流れを感じる。
水面に僕の顔が映る。
舐められないように染めた金髪。
友人から「裏切りそう」って言われた糸目。
間違いなく僕の顔だ。
何にせよ、僕はまだ夢の中にいるようだった。
「…起きよう。」
でも、こういう時どうやって起きればいいかわからない。
現在の状況は、いわゆる明晰夢というやつだろう。夢だけど夢だって認識できるやつ。
ベタなとこから行こう。試しにほっぺをつねってみる。
「痛い。」
うん。痛い。
「万策尽きたか…」
正直他に方法が思いつかない。困った。
とりあえず座って考えることにした。
そういえば、こんな夢を見るのは初めてだ。
最近は忙しくてゆっくりできていなかったので、今を満喫することに決めた。
…静かだ。
波の音に耳を傾ける。
繰り返される心地よい音。
だんだん眠くなってきた。
ん?眠くなってきた?
「…さ~ん!」
遠くから声が聞こえてきた。
細い目を凝らし、声のした方向を見る。
「…さ~ん!」
やがて、声の主の姿が見えてくる。
「…はぁはぁ、檜垣こといさんですか?座標、ずれて…」
目の前までやってきたその人は、何とびっくり可愛らしい女性だった。
年は16ぐらいだろうか。若干僕より年下だろう、といった印象だ。
だが、僕はそんなことより彼女の様相に驚いた。
景色と不釣り合いな厚着。
そして何といってもやはり…。
(ライフル背負ってね?)
背中に物騒な長物を携えていた。
いや、さすがにおもちゃだよね。うん。
「あの…、すみません」
「あぁ、ごめんなさい。大丈夫です。僕が檜垣こといです。」
こんな独特な名前は僕で間違いないだろう。
「良かった!」
かわいい。
夢とは言え、こんな美少女とお話しできるのは嬉しい。
「えと…、何から話せばいいのやら…。時間がないので手短にお話しさせていただきます。まずはこといさん。」
名前呼びは嬉しい。初対面だけど。
「ほんっとうに、すみません!」
え。
「あなたは今、この状況が夢だと思っているかもしれませんが、これは夢ではありません。」
え。
「そして、あなたはこの後すぐ別の場所に転送されます。」
え。
「転送先はいわゆる剣と魔法のファンタジー世界です。何とか頑張ってください。私が加護でできる限りサポートします。」
え。
「えと…、それでそれで……」
「ちょっと落ち着いてください。深呼吸しましょう、深呼吸。はい吸って~」
「す~」
「吐いて~」
「は~」
「落ち着きましたか?」
「はい。ありがとうございます」
「それでファンタジー世界?とはそういうことでしょうか?あれですか?流行りの異世界転移、みたいな」
「はい、概ねそんな感じです。あ、申し遅れました。私は必中の女神ショアです。檜垣こといさん、この度は私の都合に巻き込んでしまい本当に申し訳ないです!」
「いえいえ何が何だかですけど、大丈夫ですよ。ん?女神?」
「あ、急に言われても変人だと思いますよね」
「いや…」
そう思うならその見てるだけで暑いコートを脱いだ方がいいんじゃないかな。
いや、これはセクハラになるかも。
「えと、なんか持っていませんか?」
ポケットを探ってみる。
「財布~!」
「十円玉とかありませんか?」
「スルーしないでください。」
渾身の青狸さんのモノマネを…。
そうぼやきつつ十円玉を渡す。
「ありがとうございます。では」
彼女は十円玉を空に投げた。と、同時に背中に抱えていた銃を構える。
すかさず爆音。
『バァァン!!!』
「うお!」
思わず耳を塞ぎ、目を閉じる。
「あ!すみません!先に言っておくべきでした!」
なるほど、撃ったのか。なんともリアルな夢…。
いや、夢じゃないとか言ってたな。
鼓膜がジンジンする気がする。
…さすがに夢で処理できなくなってきた。
ゆっくり目を開けた先には粉々の銅塊があった。
「はは…」
ちょっと見ないうちに変わり果てたなぁ。
「えと…、これが私の能力というか神パワーで…、どんな小さいものでも必ず狙撃できるんです。」
「…あなたが神かどうかはわかりませんが神業だとは思いました。」
ライフルをぶっ放す少女は人生で初めて見た。
少なくとも普通の人間ではない。
「えへへ…。は!いけない!えとえと…」
「落ち着いてください。はい吸って~」
「す~は~。すみません、落ち着きました。実はこといさんをこの世界に送ったのは私で、これから異世界に送るのも私です」
「ツッコミどころはありますが続けてください」
「実は私は今とてもピンチなんです」
「どんなピンチですか」
「私は異世界…、これからこといさんを送る世界の神の1柱なんですが、その世界では魔王軍が暴れていて私の信者が著しく減ってしまったんです。」
魔王軍。ファンタジーでは鉄板だ。そして神。なんともスケールが大きい。
…必中の女神の信者って何?射的屋さん?
「信者数は1桁になってしまい、私の神力もとても弱くなってしまいました。それこそ、こといさんをここまで送る事とこれから送る事はできるのですが、帰すにはもっと多くの神力を必要とするので、現状元の世界に帰せなくなっています。」
え。
「帰れないんですか?」
夢じゃないかも、と覚悟を決めた矢先これは…。
「別に異世界生行くのは日本男児なので満更でもないんですが、帰れないのは困ります。というかそもそもなんで僕が異世界に?」
「…前述したとおり、私の信者はいないも同然になってしまっています。そこでこといさんには転移先で私を布教してほしいのです。なんなら魔王も討伐してほしいです!そうすれば神力も戻って私はハッピー!こといさんも元の世界に帰せます!」
布教。パワーワード。僕に布教。僕が布教。魔王も討伐。
「ッス~…」
「…どうですかね?」
沈黙。
非常に気まずい。
僕は一般人だ。
宗教法人を職としてないし、勇者インターンも行っていない。
異世界という一言だけでなんだか現実と思えていないのに、いきなり頼まれても無理だ。帰りたくはあるけど。なんか他に方法はないのか?
頭の中はぐるぐる回る。
「…すみません、何言ってるかわかんないですよね。こんな怪しい女が言ってることなんて。というか何でしょうね、必中の女神って。こといさんの世界だったら射撃屋さんしか信仰しませんよね。こといさんを選んだのもただ私の神力と相性がよさそうだから、なけなしの魔力で召喚しただけだし。そもそも私が不甲斐ないから信者数も減ったんですよ。人々への不可侵規定なんか真面目に守っちゃって。他の神はガンガン干渉してるのに。とか言いつつ他の世界の人間ならセーフとか言い訳してこといさんを巻き込んで。」
…なんも言えねえ。
どうすればいいの?
「グスッ」
あ。泣いてしまった。
「うわあ~ん!こといさんごめんなさい!私なんかのせいで!うわぁ~ん!」
ダムが決壊した。
「だ、大丈夫ですよお…」
「大丈夫じゃないですう!ずみまぜんん!」
あわわわわ。クソ。落ち着こう。こういう時こそ。
目を閉じる。
ゆっくり目の前に広がる暗闇に集中する。
途端にあること思い出した。
小学生の頃の夏休み。
母方の実家に帰省した時。蝉が鳴きまくる田舎でまだ少し若かったおばあちゃんに言われたこと。
『ええか。ことい。女が泣いてるときはすっと手を差し伸べるんだ。それが男の義務だ。なんで?そんなんかっこいいからに決まってるだろ』
目を開ける。
正直状況は呑み込めない。でも、目の前には泣いてる女の子(神かもだけど)がいる。となれば、やることは一つ。
「男ならね」
手を差し伸べる。
「ショアさん。僕行きます。布教とか魔王ぶっ飛ばすとか今はまだわかんないですけど、なんとかやってみようと思います。」
かっこつけよう。
いい歳だけど。
「え?グスッ。いいんですか?」
「はい」
「あ、あ、ありがどうございまずう!!!」
「うおっ!」
腹部にダメージ。抱き着かれるのは嬉しいけど、勢いがよすぎる。
「じゃあ、まずこれをどうぞ」
「バック?」
「色々役立つものが入っています。あとこれもどうぞ!」
「じゅ、銃?」
渡されたのは拳銃だった。
いや物騒!
「護身用、というかこといさん用の武器です!」
「撃てないですよ!一般人なんで!」
銃なんてゲームの中でしか握ったことがない。実際持つとなんか嫌な重みを感じる。
「これは神器と言って、こといさん用に私の加護が込められています。なのでこといさんなら自在に使えますよ!」
「はぁ…。」
撃ってみたいという男の子精神と、危ないという倫理的精神が鬩ぎあっている。
「それと…こといさん自身にも加護をかけますね。んんっ。あー。『必中の女神の加護を汝に授ける』」
うお…。
「光ってる」
自分の身体が発光するのは人生初だ。今日は人生初が多いな。
「うん。オッケーですね!あとは…、あ」
ん?目の前の女神が固まった。
目線の先は僕のあしも…なんか透けてきてるう!!???
「なんか透けてきてるう???!!!」
声にも出た。
「あああ!!!もたもたしてたら神力がもたなくなってました!すみません!こといさん頑張ってください!神力が戻ってきたらまたお話しできると思うので!じゃ!」
「ちょま…」
* * *
僕の眼前の景色は可愛らしい少女女神から、真っ青な空と遥か先まで続く森に変わっていた。というか、
「風圧が…」
目がまともに開けられないのでよく見えない。普段からあんま開いていないけど。そして、落下している。
空中で。
「ごめんなさい、父さん母さん。先立つ不孝をお許しください。」
こんな形で死ぬなんて。
「地面とキッスは嫌だあ!!!」
直後に墜落。
「ゴハッ!!!!!!!!!」
全身に響く痛み。
そして轟音。
「いてて…え?なんで生きてんの僕?」
自分の体を見てみる。
何かオーラみたいなのが出ている。
「…体臭?」
いやさすがに違うでしょ。
オーラが出ているところはいずれも血が噴き出している。が、だんだん傷口が塞がっている。成程。これが加護の一部ってことかな。いうなれば自動回復の加護ってところだ。
……。
「いや、何が「成程。(キリッ)」だよ!普通に困惑だよ!」
ショアさんもひどい。もっと説明してほしかった。まぁ僕が急かさなかったのも悪いか。でも、転移先が空って。死ぬよ。死ななかったけど。
「とりあえず人探そう」
こういう時、異世界転移モノでは町とかを探すのがセオリーだ。でも、日本語伝わるかな。それも加護で大丈夫かな。
「おい、お前」
背後から声。良かった。伝わるっぽい。
「すみません僕…」
振り返る、と同時に首に伝わる冷たい感触。
「お前、見ない顔だな。返答次第では命はないと思え」
その黒い肌、とがった耳の美しい少女は、僕の首に刃物を突き立てながらそう言った。
===
【現在の教徒:1人】
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