笑い以外いらねー

紫鳥コウ

01. そいつ

 そいつのギターリフはいかしていた。


 なんていうのかな。掛軸かけじくを裸足で踏みつけてくっていうのかな。おれは、あれがやりてえって思った。小麦色のドレッドヘアもかっこよかった。おれも、そっちの世界にいきてえって思った。だけどおれはそいつとは違って、いい靴もいい上着もいいネックレスもいい歯もいい声もいい頭も持っていなかった。


 ほんとに同じ人間なのか?


 そいつにそう問いかけられたらどうしようなんて思ってた。テレビの向こうのそいつに。


「ヤスアキ。お前は俺と同じ人間なのか? ?」なんてね。


 そいつは、週刊誌と世論に抹殺されたあとも、ギターを弾いていたらしい。ワイフのいる家の片隅で。そう週刊誌に書いてあった。


 親父の財布からくすねた五百円で買ったその週刊誌には、おれの知らない世界のことがたくさん書いてあった。おれもこういうのを書いてみたいと思ったものだ。おつりで買った十円ガムの包装紙には、「ハズレ」と書いてあった。


 努力に価値はないよと彼女は言った。彼も言った。くそったれどもも言った。そのギタリストもスポーツ紙のインタビューで言った。。そんな記事のことは忘れて、


 だけど、ちゃぶ台の上に乗ってスポーツ紙を本棚の上に戻したあと、腹が立ってしかたなくなった。おれは、努力に価値はないとか、価値のある努力と評価されるべきでない努力のふたつがあるとか言ってる、とは、一生手を取り合うつもりはねえ。そう思った。


 いくつも文房具を買うことができて、塾に通わせてもらえて、学校に行きたくないと言いつつ、ちゃんと教室で自分の椅子に座っていられるような、と、手を取り合うつもりはねえ。そう思った。


 おれは泣かないと決めていた。おれひとりでないときだけは。せめてもの抵抗プロテストってやつ。

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