第2話
「大将すみません、追加で刺身をおまかせで三品。それと最後にお味噌汁をお願いしますね。これもおまかせで」
大将は「あいよ」と呟いて冷蔵庫をがさごそやっていたが、再びカウンターの前へ姿を現し、問題ないよとばかりに指で小さく丸を作った。
「大将、ビールおかわりと、えーと、棒々鶏頼むよ」
卯の男は大将の背後にある『おすすめ』を掲示した白板に目を奪われていたが、その視線はどうも鶏肉料理の上を行き来していたように見える。皿の上に残っていた菜の花をもぐもぐやりながら彼の様子を伺っていると、彼はジョッキに残ったビールを一気に飲み下して、それから急にこちらへ顔を向けた。
「あのな、鶏肉は確かにウサギは食べねえさ。だけどな、鶏肉ってのは似てるんだ」
「なんにです?」
彼はすぐには口を開かず、勿体つけるように手振りを交えてささやいた。
「ワニだよ」
ウサギとワニといえば因幡の白兎であろうか。ワニ一族とイナバ一族の数比べと称して海に浮かぶワニ一族の上を白兎が跳ねていくが、実はイナバ一族はひとりだけ。それでも背中の上を見ることが出来ないワニたちは騙されてしまう。あまりうまく騙せたために、我慢できずネタばらしをした白兎は報復として全身の皮を剥がされてしまう。そんな昔話だ。
「ワニの肉はさ、タンパクで筋肉質で、良く似ているのさ……鶏の胸肉にな。色合いも白っぽいし、合う味付けもほぼ同じ。違うのは入手しやすさくらいのもんさ」
「ワニ肉を仕入れて欲しいと言われたときは、たまげましたね。いちおう手に入らない訳では無いんですが、コンスタントに出ない食材をキープしておくわけにもいかないんで、あのときはお断りさせて貰いました」
下拵えした具材を蒸し器に突っ込んだ大将が、目の前で野菜を刻みながら口を挟んできた。
「その節は申し訳なかったですねえ?」
「予約していただければ仕入れておきますからね」
卯の男の口振りは嫌味ったらしいが、大将の返しから察するにこんな問答は既に何度も繰り返しているのだろう。
それにしても、彼が鶏肉を食べるのは因幡の白兎を発端とする意趣返しだと分かったが、なんというかこう、ただの逆恨み以外の何も感想を抱かないのは何故だろうか。
ここで話が一旦途切れ、卯の男は届いた棒々鶏を、私は刺身の三点盛りをつまんでいた。
先ほどとはうって変わって完全な無言だった。彼はビール片手に棒々鶏をつつきながら、アルコールでぼんやりした視線をふらふらと彷徨わせている。その視線は先ほど棒々鶏を頼んだときと同じように、大将の後ろにある白板の方を向いているようだ。
初めは三品目の鶏肉料理を頼もうとしているのだろうかと推測していたのだが、良く見ると彼の箸運びは緩慢で、早くもゴールを向かえようとしている。ふらふらと揺れる彼の視線はきっと、白板の左端に書かれている鶏茶漬けやチャーハンの上で揺らいでいるのだろう。
ひどくのんびりした食べ方で皿の上の鶏ささみ肉や細切りのキュウリ、中華クラゲを片付けた彼は、何事か発声しようとした。しかし、その声は折よく大将が差し出した小鉢によって遮られる。
その小鉢にはオレンジ色のアイスクリーム、いやシャーベットが山盛りに盛られていた。
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