第5話

こんな日に限って、すがすがしいほど外は晴れてる。

青空が、僕を押しつぶしてきそうなんだ。


でも、僕はこの道を反れるのも、引き返す勇気もないんだ。

いつもの電車に乗って、太ももの間に両手を突っ込んで、出来る限り小さくうずくまった。


いつもは長く感じる電車が、倍速で風景が変わっていく気がした。

ただの風景だったはずの駅が、重苦しく僕の前に迫ってくる。


気にしない。

気にしない。

気にしない。


もう何度と、自分に言い聞かせた。

でも、現実はそんな僕に、ピエロが笑うかのように試練を与えるんだ。


ゆっくり電車が止まると同時に、満面の笑顔で手を振る腰塚さんがいる。

僕は、今どんな顔をしているのだろう。


僕と目が合っているように見えるのは、きっと僕の自意識過剰だ。

腰塚さんは、友達がたくさんいるんだから。


「ゆっきー。おはよ」


僕は今、名前を呼ばれた。

きっと僕は、何も発せず間抜けな顔をしているだろう。


「ゆっきー?幸人だからか、じゃあ俺も今日からゆっきーだな」


腰塚さんの隣には、僕の席の前に座っている、佐々木健(ササキタケル)がいた。

確か、柔道部で、小学生の頃から全国大会とか言ってたような気がする。


背がでかくて、いつも豪快に笑っている。

彼が前にいるおかげで、僕は先生から見てもあまり目立たないのだろう。


「ゆっきーは、楓と仲良かったんだな」


佐々木君は、凄く気軽に話しかけてくれる。

目の前にいるのに、会話した記憶もないのに。


「ゆっきーとは、秘密のルームメイトだから。ねっ?ゆっきー」


僕はここまで、一言も話していない。

顔を真っ赤にして、頷くのが精いっぱいだ。


でも、あの日見た男性とは違う。

存在感はない僕も、さすがにクラスメイトは分かる。


僕は、腰塚さんの事を何も知らない。


「ゆっきー顔真っ赤だぞ、面白いなお前」


佐々木君はお構いなしに、豪快に笑ってる。


「ゆっきー、私引っ越したんだよ。これからは私も朝はこの電車だよ」


僕はこの日から、一人きりの通学ではなくなった。

学校での生活は、それほど変わらないけれど、佐々木君は時折僕に話しかけてくれるようになった。


腰塚さんや佐々木君との会話は、彼らが100話したら僕の答えは1ぐらいだ。

はいかいいえ、あとはうんと返事するぐらいだ。


今まで、そうやって話しかけてくれる同級生はいたけれど、僕の反応が悪いせいで、そんな機会は減っていった。

でも彼らは、そんな僕でも、変わらず接してくれる。


僕は、自分でもわかるぐらいに、学校で笑うようになった。

カバンにしまってある小説は、いつしかあまり進まなくなった。


でも、あの日の事を、腰塚さんに聞くことは出来ないままだった。

そもそも、僕から話題を振る事なんて出来ない。


でも、どんな相手だろうと、腰塚さんなら当たり前だ。

太陽のようで、音楽もしていて、誰にでも分け隔てなく接して、いつも中心にいるようなうな人だ。


こんな僕にも、笑顔を向けてくれるのだから。

そんな腰塚さんと、放課後二人きりになれる僕は、きっと幸せ者だ。


それに、進まなくなったのは、僕の筆もだ。

長い時間、淡い線を描いているだけだ。


彼女をモデルに、僕は毎日、鉛筆を握っている。

描いては消して、何度も繰り返す。


ただの暇つぶしだったはずの絵を、僕は少しでも上手くなりたいと思うようになった。

でも、教えてくれる人はいない、僕には何度も何度も描くしかなった。

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