第5話 小野寺日記

1年3組出席番号5番、どこにでもいるごく普通の学級委員長 小野寺悠おのでら ゆう

そんな俺は朝から2人の変人と並んで歩いている。



今から5分前。俺はチョコパンを食べながら1人で歩いていた。

通学路を歩きながら頭の中で考えていたのはクラスメイトの1人・梶沼拓海のことだった。


もし『3組の中で不良といえば誰か』という質問をされたら、俺は間違いなく彼の名前を挙げるだろう。

梶沼と言えば『校則違反常習犯の目つきが怖くて口が悪い奴』のイメージしかない。

染めたオレンジ髪、両耳に付けた大量のピアス、かなり着崩した制服、こちらを睨む鋭い目。

最初は仲良くなろうと話しかけてみたが、俺は不良と話すことにビビり、彼も仲がいい奴以外と喋るときは口数が減るし…でなかなか距離を縮められずにいた。


GWが明けたらもう一度話してみよう!と意気込んでみて早6日、結局話しかけられずにいる。


やっぱり仲良くなんてしなくていいんじゃないか……、どうせ見た目通りの不良でしかないんだし…無理して話す必要なんて………



「あ、これはこれは小野寺君。おはよ~」

「おはようございます小野寺さん」


急に後ろから肩を叩かれて、思わずビクッとしてしまった。


声の主は鷹瀬慎太郎と佐々木実斗。

クラスの中ではまとも寄りの奴らだが、それでも一般的に見れば立派な変人の1人だ。

そして、梶沼の友人でもある。

梶沼に対して嫌なことを考えていたタイミングだったから、思わずドキッとしてしまった。


そして周りを確認して、今日は『いつもの4人』でないことに気づいた。


「おー…おはよう。……今日は梶沼と宇都宮は一緒じゃないんだな」

「二人とも寝坊したってラインきてさ~、だから今日はボクとタロ君だけなんよ~」

「あいつらまた遅刻か……」


梶沼と宇都宮が遅刻することは珍しくなく、特に宇都宮は「き、昨日の深夜アニメをリアタイするために夜更ししちゃった……」という理由付きで頻繁にある。

正直誰もいないからなっただけの学級委員長で責任感とかは全く無いけれど、こいつらの遅刻魔っぷりときたら……本人達も改善しようとは思わないのだろうか。


そういうところも………

最低なことが頭の中に浮かんできたタイミングで、鷹瀬が唐突に話題を変えた。


「そう言えば、小野寺さんは知ってますか。カワウソの豆知識」

「カワウソの?なんで突然カワウソ?」


俺は特にカワウソが好きでも嫌いでも無いし、そもそも誰かの前でカワウソの話題さえ全く出したことは無い。のに、何故にカワウソ?


「あーボクも昨日観たよ、『動物百科TV』。カワウソの赤ちゃん可愛かったよね」


どうやら昨日のテレビで特集されていたらしい、俺は朝のニュース以外ほとんど見ないから知らなかった。


「それで、そのカワウソの豆知識ってなんだよ」

「それは……実はカワウソの糞はちょっといい匂いがするんです!知ってましたか!」

「はぁっ!?げほっ…!!」


食事中に糞というワードを聞いてしまいむせてしまった。


「馬鹿、チョコパン食べてる奴に糞の話するか普通!?」

「す、すみません!確かにチョコクリームは……似てますね」

「追い打ちやめな~。ボクは食事中にどんな話されても大丈夫だけどダメな人もいるからね」

「そうですよね、普段皆で食べるときは気にしてなかったので気づきませんでした…」


こいつら普段何の話ししながら食ってんだ!?!?


「てか、昨日の番組小野寺君は見てなかったんやね。別の番組でも見てたん?」

「いや、そもそも俺テレビあんま観ないからさー」

「確かに最近はテレビ離れが深刻だとニュースでやってましたね」

「ふ~ん……ちなみにテレビ観ない小野寺君は暇なとき何するん?」


佐々木からの素朴な疑問が投げかけられた。


「別に普通だぜ。漫画読んだり次の日の復習したり…ホント普通」

「ふ、復習とかちゃんとやるんですね。流石成績優秀者」

「ボクも集中出来ないから全然復習とかしないなぁ……」


彼らが言ってる通り俺は学年1位をキープしている成績優秀者だ。

…と言っても田舎のバカ男子校のトップなんて喜ばしいことでもないが。


逆に言うとそれしか取り柄が無い、無個性な人間。

そういう意味ではこいつらが羨ましかったりする。

エセ方言使ったり、顔だけのインテリ眼鏡だったり…。

漫画や小説の中の登場人物みたいで……


「いいなぁ…」


「……え?」

「何か羨ましいんですか……?」


心の中で考えていた言葉は、いつの間にかポロっと外に出てしまっていた。

その言葉で前を歩いていた2人が振り返った。

やべ……どうにか誤魔化せ………


すぐに彼らの顔を確認すると、一瞬の沈黙のせいで2人はこちらを心配そうに見つめていた。

誤魔化したほうが面倒だし、素直に話すか。


「えっとさ……俺、2人みたいに個性的な奴が羨ましいんだ。嫉妬……的な?」


自分で言ってて恥ずかしくなってきた。

照れくさくなって赤くなった頬を見て、2人は一度顔を見合わせ、そして笑った。


「何言ってるんですか、小野寺さんだって十分個性的じゃないですか!」

「そうそう、あんなクラスをまとめちゃってる時点で十分だよ…!」

「そ、そうか…?」


そう言われてからよくよく考えると、確かにあのクセの強いメンバーをまとめるのは普通の人には無理かもしれない。周りが凄すぎて感覚が麻痺していた。


「あとねー、ちょっとのことで顔が赤くなるとことか反応はタミ君に似てる」

「そうですよね!僕もそれ言おうと思ってました」

「俺が梶沼に似てる……!?」


同じクラスにいるがGW明け初日のお菓子会でお菓子を渡した以外での会話はしたことは無かった。俺が思っているよりも梶沼は普通だし、不良でもないのかもしれない。


―――今日話しかけてみようかな。

話すと決めたら今まで想像するだけで嫌だった顔が少しだけまともに思えるような気がする。



その後、教室に着いてからも3人で喋っていると廊下をドタドタと走る足音がした。

ホームルーム開始5分前、そんなギリギリの時間に来る奴なんて……

音のした方向をジッと見ていると、後ろのドアから息を切らした梶沼と宇都宮が入って来た。



「はぁ…はぁ………セーフ!!」

「ぜぇ………」


梶沼本人を前にして、急に心臓がバクバクし始める。

跳ね上がる鼓動を何とか抑えながら話しかけた。


「おはよう梶沼、宇都宮。ギリギリセーフだな」

「こいつらに連絡した後急いで準備してダッシュしたらなんとか………」



俺から話しかけられると思っていなかったようで、戸惑いながらも普通に答えてくれた。

ホントに普通の奴なんだな…拍子抜けした。

宇都宮は体力が無いからか、なかなか息が整わずにずっとゼェゼェ言っている。



『反応がタミ君に似てる』

ふと、佐々木が登校してるときに言った言葉を思い出した。

じゃあ………


「なぁ梶沼と宇都宮はカワウソの豆知識知ってるか?」


「カワウソ?なんで急にカワウソなんだ?」

「あー…昨日の番組だよね……」


さっきの俺と同じ反応。



「えータミ君も昨日のテレビ観てないん~?じゃあ昨日は何してたん?」

「少年ホップ読んでから宿題」

「小野寺さんと似たようなルーティンですね」


昨日の俺と全く同じ過ごし方。

てか……!


「梶沼も週刊少年ホップ読んでるのか!?」

「…お、おぉ。毎週読んでるけど。まさか…小野寺もか!?」


興奮のあまり声も出ず、無言で首を縦に振った。



『週刊少年ホップ』___それは世の男子が大体読んでたであろう王道少年誌のこと。

中学の頃はクラスの大半が読んでいて最高に盛り上がれる話題だったのに、高校に上がってからは全くその話題を聞かなくなってしまった。


俺らまだ少年だろ!?そんな俺らが読まないでどうする!?!?とか考えながら過ごしてたけど、まさかこんな近くに少年ホップ愛読者がいたなんて………!!!



「梶沼…お前とは仲良くできそうだ……!!!」

「なんだよそれ…今までは仲良くできそうになかったみたいな言い方」

「そ、それは……悪かったな」

「冗談で言ったのに、ホントに思ってたのかよ!」


今まで怖がってたのが嘘みたいに軽く喋れる!


「てか、早く今週号も読みたいよなー授業終わったら即コンビニ」

「おれはもう今週号読んだぜ。『約束の剣』今回も熱くってさー………あ」


「なんで今週の話の内容が分かるんだ?」


週刊少年ホップの発売日は月曜日、そして今日は月曜日。

つまり朝から買って読んでいないと話の内容は分からないはずだ。

まさかこいつ………


「今日遅刻しそうになったのって……ホップを買って読んでたからなのか!?」


冷や汗を流しながら視線を逸らすあたり、確実にビンゴだ。

遅刻未遂とはいえ……やっぱり!


「こんな奴と仲良くできるか!!!そこに正座しろ梶沼ぁ!!!!」

「なんだよ突然!今までこんなキャラじゃなかったじゃねぇか!?」


「やっと素が出せたってことだよ。ね、タロ君」

「そうですねミントさん」

「ねぇ誰かツッコむか止めるかしない…?」





5月12日(月)

今日は今まで苦手意識のあったクラスメイト・梶沼拓海と話した。

彼は俺と同じで少年ホップが好きらしく、放課後に一緒にコンビニへ寄って感想を話しながらチキンを食べた。

梶沼の友達の佐々木・鷹瀬・宇都宮とも話せたし、少しだけ素も出せて成長できた気がする。




高校に入ってからの習慣になった日記を書きながら今日の出来事を思い出し、思わず笑みがこぼれてしまった。

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