記録外への選択

第零区・地下連絡エリア


 エレベーターが、地下へ地下へと音もなく降りていく。

 ユウとリゼの二人以外、誰もいない。

 車内には、都市AIのガイド音声が流れている。


「第零区は管理外領域です。AIは補助的指令のみ実行可能。

 記録装置は10%以下の稼働率。異能干渉の反応は“推定”となります」


「つまり、何が起きても自己責任ってことか……」


「それでも、行く理由はある」


 リゼは静かに言った。


「この区画は、記録外異能の最初の観測地。

 “Null-Touch”のような力は、ここで初めて現れた」


「俺以外にもいたってことか?」


「かつて、“いた”。──けれど、記録には残っていない」


「つまり、何も知らないのと同じじゃん……」


「だからこそ、“今”確かめる」


 


 やがてエレベーターが止まり、ドアが開く。

 そこは、まるで時が止まったような灰色の空間だった。


 照明は点いているが、どこか“映っていない”ような感覚。

 壁には記録装置の名残があり、配線は途切れ、AIの端末も沈黙している。


 


 ユウは一歩足を踏み入れた。

 その瞬間――


《干渉反応検出》

《Null接触による空間ゆらぎ:起動前干渉0.4秒》

《対象不明エネルギーとの同調反応……進行中》


「えっ……何か、いる?」


「……構えて。来る」


 


 リゼの手が動いたと同時に、空間が“割れた”。


 そこに立っていたのは、あのとき都市の資料センターで会った“整いすぎた少年”だった。


「ようこそ、記録の外側へ」


「……やっぱり、お前……アノミアか」


「アノミアではあるけど、“僕個人”として来た。

 君に、選んでもらうためにね。都市でも、僕たちでもない、第三の選択肢を」


 


 そして、背後から複数の足音。

 黒衣の者たち――アノミアの構成員が現れる。

 だが、武器も異能も使わず、ただ静かに周囲を囲むだけだった。


「君が“何を持ってるのか”、君自身が知らないままなのは不自然だろ?」


「……」


「都市は君に“この力をどう使ってほしいか”しか教えてくれない。

 でも僕らは、“君がどう使いたいか”を聞こうとする」


 


 リゼが前に出た。


「選ばせるように見せて、取り込もうとする。それがアノミアの常套手段」


「強制はしないさ。ただ“選ばせる”。それだけだ。

 だって、君の力は、もう“都市にも制御できない”。

 なら、君が自分で決めるしかないじゃないか」


 


 ユウの心臓が、静かに脈打つ。


 “Null-Touch”

 自分の異能の名前。

 記録できない干渉。

 先に結果だけが現れる、存在そのものを“記録不能”にする現象。


 


「俺がここで、あんたらと行くって言ったら、どうなる?」


「君は“自由”になる」


「でも、都市から見れば“裏切り者”だよな」


「都市にとって、記録されない存在は、元から“いない”んだよ」


 


 そのとき、ユウの端末に表示が浮かぶ。


《都市AI補助命令:対象“神楽ユウ”へ最終確認》

《Null-Type反応持続確認中。観測対象のまま都市圏に留まるか否か、判断を要する》


「まじで……俺に、決めさせるのかよ」


「ずっと、そうだった」


 リゼが言う。だが彼女は止めようとはしなかった。


 


 その場に、しんと静寂が満ちた。

 都市とアノミア。管理と解放。記録と空白。


 ──ユウの選択が、物語の第一部を終わらせようとしていた。


ユウは、その場で目を閉じた。

 都市AIからの確認通知が、ホログラムの光を揺らしている。

 “このまま都市に戻るか、否か”


 戻れば、管理される。だが守られる。

 進めば、自由になる。だが何も保証されない。


 


「……俺、これまでずっと、“決める”ってことをしてこなかったんだよな」


 誰に言うでもなく、ぽつりとつぶやいたその言葉に、

 少年──アノミアの使者はわずかに笑った。


「じゃあ、初めての選択だ。歓迎するよ」


「でもな……」


 ユウは一歩、リゼの隣に歩み出る。


 


「今、ここで決めるには、まだ……“知らなすぎる”」


 


 その声に、リゼの目が細くなる。


「だから、俺はまだ……都市に残る。

 けど、あんたたちの言ってることも、“全部否定”はしない。

 お前らが嘘をついてないなら──いずれ、自分で答えを出す」


 


 アノミアの構成員たちがざわめく。

 だが、少年は一切表情を変えず、ただうなずいた。


「いい判断だ。今はまだ、君には“選ぶ余地”がある。

 いつかまた来て。君が“真に力を知った時”に」


 少年は背を向け、黒衣の者たちとともにゆっくりと闇の中に溶けていった。


 


 しばらくの沈黙の後、リゼが口を開いた。


「……本当に、戻るんだな?」


「うん。今の俺は、都市で“まだやれる”と思う。

 リゼがいたから、ここまで来れたし。ツバサやレンにも……何も言わずに消えるのは嫌だ」


「なら、私は記録する。“君が自分で決めた”ことを」


 


 都市へ戻るエレベーターに乗り込むと、

 ユウの端末が自動的に再接続を開始した。


《神楽ユウ、確認完了。第零区観測任務:帰還処理中》

《記録再編:スコア更新処理開始……》


 


 そして、ホログラムに一つの新しい数値が表示される。


 スコア:740点

 ランク:C → C(再安定化)/分類:記録外監視対象


 ユウはそれを見ても、驚かなかった。

 ただ、静かに、目を閉じた。


「……一回目の“選択”は終わった、ってことだな」


 


 だが──都市の上層、監視司令室の奥。

 都市AIの制御ログに、別の警告が表示されていた。


《観測対象:Null-Touch──制御外データ流出兆候》

《内部補正処理を推奨。分類不可能のまま放置すれば、都市構造全体に干渉の可能性あり》


 そして、その下に、こう添えられていた。


 「次に彼が選ぶとき、都市の構造そのものが“書き換えられる”」


 


 ユウはまだ知らない。

 彼の中にある“記録を超えるもの”が、都市という枠組みの限界すら動かそうとしていることを。


(第1部:完)

とりあえずチュートリアルみたいな感じで第一部として終わらせました。簡単な物語の概要を書いたつもりなんですが、未熟な上わかりにくい所もあると思います。以降、もっと物語に干渉できるように頑張っていきます。

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VOID むめい @Mumei7

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