レモンサワーを月光にかざしてみる

カイ

月の光はレモンの香り

「レモンサワーってレモンって感じしないっすね」


 最初にコップに注いだレモンサワーを飲み干した後輩の一言がそれだった。


「いきなりどうした後輩よ」


 初めての酒の感想がそれかよ。こちとら身銭を切って奢ってるんだからもっと味わうとかして欲しい。いや味わったから今のコメントなのか?

 そんな俺の思いを知らぬとばかりに後輩はコップに新たなレモンサワーを注いでいた。


「いえね、先輩。昔から疑問だったんですよ。レモンサワーってレモン味なのかなー? って。気になりすぎて飲みたいまでありましたけど今まで我慢して来ました」

「良い子だ」

「ありがとうございます。

 で、ですね。今や私も二十歳! 誰に憚れることもなくお酒を飲めるので、満を持して確かめたって言う私版歴史的ターニングポイントが今だったわけですよ!」

「へー。きちょうなしゅんかんだなー」


 本人にとっては一大事なのだろうが、後輩の祝いにかこつけて高価な酒を買いそびれた身としては「そう……」としか言えない。ちょっと背伸びして大吟醸とか買いたかったのに。


「先輩なんか棒読み。棒読みじゃない?」

「まさか! 俺が大事な後輩の大事な瞬間をくだらないなんて思うわけ無いじゃないか!」

「自白してません? それ。まあ話聞いてくれるから良いですけど。

 それでですね! いざ実際に飲んでみるとレモンの味が全然しない! むしろレモンあったの? って感じっす!」

「言わんとすることは分かるがね」


 飲んでるやつは度数が高そうだし、レモンをイメージして飲んだら違うなってなるのは分かる。でもレモンって分かるほど味が濃いと酸っぱくて飲めないとも思うが、口にするだけ無駄か。


「しかも見てくださいよこの色! 透明っすよ透明! 私騙されてません!?」

「騙されてない騙されてない」

「でもでもほらこれ〜」


 ええい、目に押し付けるな危ない。分かるよ確かに。透明だけどそんなもんだよレモンサワー。


「どう見たって透明っす。百歩譲って白。レモンと言ったら黄色でしょ?」

「じゃ、月明かり越しに見たら? 黄色くなるんじゃね?」

「なるほど!」


 なるほどなの? 一杯目なのに目一杯酔ってるなコヤツ。酒の席には出さないようにしなければ。


 後輩はテトテトと部屋の電気を消すと窓に向かい、グラスを月光にかざした。ここだけ切り取ると何かのドラマのワンシーンみたいだ。


「どうだったよ?」

「スゴイッす! 黄色くなりました!」

「良かったね」


 たぶん気の所為だと思うけど。プラシーボ万歳。

 そして後輩は何を思ったかそのままグラスを一口。すると笑顔でまたこちらに報告してきた。


「レモンです! レモンの味します!」

「最初からだよー」

「先輩も飲んで!」

「分かったから押し付けるのやめて」


 グイグイとグラスを押し付ける後輩を抑えながらグラスを受け取り煽る。

 仄かなレモン風味とそれをかき消さんばかりの炭酸のはじける感覚とアルコールの焼け付く感覚。これは紛うことなきレモンサワーだ。


「まあ、レモンだな」

「レモンっすよね!」


 何が嬉しいのかニコニコとした雰囲気で横に座ってくる。


「ところで先輩……」


 おっと。急に艶を出してきたぞ。


「夜中の暗い部屋で二人きりだなんて。な〜に考えてんですか先輩?」

「暗くしたのは君だよ」

「ひょっとして……しちゃいます?」


 唇に指を当ててそう尋ねてくる。月の光が僅かに差し込んで幻想的な雰囲気を漂わせたそれに、全く食指が動かなかったなんて言わない。言わないが……


「お前の乙女心的にそれで良いのか?」

「……え?」

「いや、だから。酒のせいで前後不覚なまましちゃうの、お前さんの乙女心的にどうなん? って話よ」


 パチクリと目を開いたあと「う~~ん……」と目を閉じて腕を組みながら迷い、そしてパッと目を開けてにこやかな表情で考えを告げた。


「なしっすね!」

「じゃあダメじゃん」

「いやいや、でも先輩ヘタレだからな〜」


 ……ほう。


「こんなに可愛い後輩と二人きりなのに手を出そうとしないし」


 ……ほほう。


「明らかに私のこと好きなのに踏み出そうとしない先輩ならお酒の力借りないとダメなんじゃないかな〜?」


 ………ほほほう。


「言ったな後輩?」

「言いましたよ先輩?」


 わざとらしくも可愛らしく首をコテンと傾げながら後輩は言う。いつもならあざといとツッコむところだが、今日はチャージしておく。


「明日を楽しみにするんだな?」

「楽しみにしてま〜す」


 その言葉を最後にウトウトと目を閉じた後輩はそのまま俺の太腿を枕として占領した。

 俺は寝息を立てる後輩を横にスマホを開いて検索を始めた。



─────────────────────


「おはよう、後輩」

「オ、オハヨウゴザイマス」

「その態度から察するに、昨夜のことは覚えてるみたいだな」

「ハ、ハイ」

「よし。なら今からデートに行くぞ」

「ハ、ハイ…… え? でーと?

 え!? デート!? デートナンデ!?!?」

「楽しみにしろって言ったろ。着替えたら海行くぞ。まだ早い季節だから人いなくて雰囲気良いらしい」

「突然どうしたんすか先輩!? キャラ変わってません!?」

「行かないのか?」

「行きます!」


 レモン風味の月の魔力を当ててきたんだ。覚悟しやがれ。

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