第1話

 目を開けると、そこには先程まで居た電子回路の空間ではなく、澄み切った青空と広がる街並みがあった。精巧に作り込まれた石畳の道と不揃いに積まれたレンガ造りの建物が、無事にゲームの世界に来られたことを実感させる。

 

「ここが……アルカディア」


 ぽつりとつぶやき、両手をゆっくりと握りしめる。握った感覚と、指先が手のひらに触れる感触がこれまで経験した仮想世界のものとは明らかに違った。空気の匂いや、風が肌を撫でる感覚までもが現実世界に限りなく近いと感じる。


 ふと、背中にずしりとした重みを感じ、何かを担いでいるのだと気付いた。正体を探るように右手を後ろに回すと、固い何かに指先が触れる。手に取ったそれを軽く引き上げると、金属が擦れ合う音と共に背中に感じていた重みが消えていった。


 引き抜いたそれを手元に引き寄せると、銀の光沢を放つ剣だった。一度も使われていないそれは、刃こぼれのない完璧な状態であり、銀色の輝きが周囲の光を弾いているようだ。ずっしりとした重みがより本物感を際立たせている。


「・・・結構重いな」

 

 親指と中指を合わせて音を鳴らす。すると、宙に半透明のウィンドウが浮かび上がった。そこには、プレイヤーネームやHPヒットポイントなどの基本情報が整然と表示されている。


 指先でパネルを操作し、装備と書かれた場所に触れる。開いた装備欄の右手には『ソード』と表示されていて、防具の欄には『コットンシャツ』や『コットンシューズ』といった革装備を付けている。どうやらこの3点が初期装備のようだ。


 更に、所持品リストにはアルカディアの通貨を表すLEAPリープと、少量の回復用ポーションが入っている。


 アルカディアはひと昔前のゲームを参考に作ったらしいが、初期段階で強い装備を持っている最近のゲームに比べると、全体的に簡素となっている。もっとも、そちらの方が好みの身としては高評価だ。


 右手の剣を不慣れな手つきで鞘に納めていると、不意に背後から声が響いた。

 

「アルカディアへようこそ」


 振り返ると、茶色い髪を後ろで束ねた女性が立っていた。白いカチューシャに黒を基調とした服装、そして白いエプロンをつけた姿は、どこから見てもメイドそのものだ。視線を上げると、彼女の頭上にはNPCである事を示す黄色いマーカーがついている。

 

 彼女は柔らかな微笑みを浮かべ、深々とお辞儀をすると言葉を続けた。


「コトネサービスを担当しております、メリルと申します。冒険者様にこの街のご案内をさせていただいております。もしよろしければ、街をご案内させていただきたいのですが、いかがなさいますか」


 街の案内か……と、辺りを見回した。周りには一足先にログインしたプレイヤー達が所々に見受けられ、その誰もがメイド風の恰好をしたNPCと同行している様子が見てとれる。つまり、これはチュートリアル的な要素に近いのだろう。


 ざっと見ても、この街はかなり広いようだ。この手のゲームでは最初の街は終盤まで世話になることが多いだろうし、そういう意味ではどの場所に何があるかを把握しておいて損はないだろう。アルカディアについても聞いておきたい事は沢山あるし、ここは頼んでおいて損はない。


「えっと・・・じゃあ、お願いしてもいいかな」


「承知いたしました。それでは、私めにお付きくださいませ」

 

 メリルは前を歩きながら街の案内を始めた。彼女の話によると、この街は『ファルカ』という名前で、各職業に関連のあるギルドが点在している他、教会や騎士団など重要な施設も建造されているようだ。


 街の中心には大きな噴水があり、すぐ横にはプレイヤー同士で情報交換の出来る掲示板が設置されている。噴水の奥には街や村に移動できる転送装置が置かれているようだが、今の段階ではどこにも行けそうにない。


 転送装置を眺めていると、その奥に巨大な輪のような物体が置かれていることに気が付いた。

 

「・・・あれは?」


 「あちらは、ラスタ様がアルカディアにお越しの際に通られたゲートでございます。元の世界にお戻りの際も、あちらをお通りいただくことになります」


 つまり、あの装置はRe:Warpという訳か。向こうで見た球体の装置とは違って、こちらのゲートは異なったデザインになっているようだ。今は起動していないようだが……そういえば初日はゲームの世界に没入するためにログアウトは出来ないようになっているんだったか。


「現在、他の方々をアルカディアへお招きしておりますので、装置の稼働は明日になるかと思います。それでは、次に参りましょう」

 

 装置の方を不安気に見つめていると、こちらの意図を汲み取ったのか、メリルが顔を覗き込んできて答える。彼女に笑顔で背中を押され、流されるようにその場を後にした。


 

 

「お疲れさまでした。これで案内は終了です。もし他にお困りごとがありましたら、いつでもお声がけください。コトネサービスはいつもあなた様のそばに」 


「こちらこそ、ありがとう」

 

 およそ1時間に及ぶ街の案内が終わり、俺達は最初の位置に戻ってきた。彼女は深々とお辞儀をした後、次のプレイヤーを迎えるため軽やかに去って行った。その背中を見送りながら、彼女との会話で得た情報を整理する。


 まず、アルカディアは100近くの階層に分かれていて、各層にはそれぞれエリアボスが存在する。次の層に進むためには、このエリアボスを倒す必要があるようだ。


 他にも、各層にはそれぞれ特徴があり、それらは街や村を囲っているフィールドにも反映されるらしい。ふと近くの門に視線をやると、外側にはどこまでも広がる草原が見える。


「このエリアの特徴は草原って感じか・・・」


 初心者用のフィールドとしては、草原はこれ以上にない定番の舞台と言えるだろう。となると、現れるモンスターもだいたいは予想がつく。


 クエストやショップも気になるが、まずはフルダイブの醍醐味とも言えるモンスターとの戦闘を体験してみるべきだろう。装備を変えるのはそれからでも遅くはない。


 街を囲う大きな門を潜り、広がる草原へと足を踏み出した。

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