【全3話】梅雨が、嫌いです。

二八 鯉市(にはち りいち)

#01

 梅雨が嫌いなんです。いいえ、そもそも雨の日も嫌いなんです。だから、雨の日はなるべく外に出ないようにしていたいんです。

 職場もそういう風に選びました。


 会社から最寄り駅まで、賑やかなアーケードを通って数分なんです。

 それに私ね、自宅のマンションも駅のすぐ傍なんです。立地がいいから家賃の支払いは本当に大変ですけど、でも、とにかく雨の帰り道を歩きたくないから。

 なんなら、会社に内緒で時々夜のお店でバイトしてる理由だって、あんな身の丈に合わないマンションの家賃の為なんですよ。バイトの日も、『絶対に雨が降らない』って分かってる日だけ、無理言って週単位のシフトで。

 でも、そうでもしないと、駅から家まで歩かなきゃだめでしょう? 雨の日の夜に道を歩くなんて事を考えたら、どんなバイトだって受け入れますよ。なんなら、仕事だってリモートがいいんです、本当はね。


 どうして、雨の道を歩きたくないか、って?


 ……高校生の時のこと、なんですけど。


 クラスの中に、「あー、この子嫌いだなぁ」っていう子、居ませんでした? そういう子。

 何が嫌いか、って言うと。

 なんだろう、キャラかな。誰からも愛されている、みたいな。それでいて、愛されている自分に自覚的なんですよね。

 シオリちゃん、って言う子だったんですけど。

 クラスの中の人気者、華があるから目立つ子だったかな。

 つまり彼女の言う、

「ノノちゃん、このお財布羨ましがってたでしょ? 新しいの買ったし、汚れてないからあげるよ」

っていうのが――ああごめんなさい、ノノちゃんって私のあだ名です。野々宮ですから。

 そう、そういう彼女の言葉が、

「わぁ、シオリちゃん、そんな高いお財布あげちゃうなんて優しい」

「ホント女神」

って。周りからはそう言われるんですよね。

 私目線、お古の財布を押し付けられただけなんですけど。しかも、汚れてないなんて嘘で、小銭入れの中黒かったし、革の端っこハゲてるし。


 でも別に、それ以上の事ないですよ。靴に画びょうとか入れられてないし、悪口陰口とか、皆の前で言われるとか無かったし。

 ただ、そういう風にしてちょくちょくブランドのお古を私に渡してくるとき、明らかに――シオリちゃんの目が、「ああ、ブランドものを授けてあげる私、優しい」って気持ちに浸ってたなって。

 ま、シンプルに私のひがみかもしれないんですけどね。


 だから。

 あー、嫌いだなぁ。

 って、思ってたんですよ。シオリちゃんのこと。


 とはいえ、同じクラスの滝本さんとは違って、おおっぴらにみんなの前でバカにされたりとかは無かったから。


 殺してやる。

 なぁんて、全然。


 そんな物騒な事思ってなかったです。これは本当ですよ。だから、誰にでもあるような気持ちなんですよ。

「ああ、あの子嫌いだなぁ」

っていう、そういう。


 ――ああ、そうそう。なんで梅雨が嫌いか、ですよね。


 あれは、梅雨の時期でした。

 金曜日の放課後、雨が降ってたんです。


 

<続>

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