ワールド:夷俘島 IFU ISLAND
概略
夷俘 (いふ)は葦原領内北方に浮かぶ国土の20%を占める巨大な島。
広大な平地と肥沃な土地を持っていたため、央暦1969年まで葦原の政権を担っていた大和幕府は奥葦原と同じく保護区として工業などの進出を厳しく規制し、農業や林業を進めていた。
1970年の葦原内戦で勝利した葦原政府は方針を一転させ、他の葦原と同じく工業化を促進。
現代では錬金術の基本的な素材となる木々が伐採され、禿山と荒れ地の続く島となった。
歴史
かつては魔物以外に住む者の居ない無人島であったが、央暦900年代の朝廷の命によって行われた夷俘征討により南部の安全がある程度確保されて以来、度々植民が試みられてきた。
しかし、島全体に蔓延っていた魔物や北方の焔の世、東方の果ての雲がもたらす害は大きく、まともに植民が始まったのは技術が進歩した央暦1800年代となっている。
1930年代、錬金術の発達による人口爆発に諸藩が困窮し、さらに幕府が発令した富国強兵策の一環、工業興産令による農地減少が組み合わさり、全国的な飢饉や経済的格差の拡大などを招いていた。
保護地として自然が残されていた奥葦原だけでは葦原全土へ供給する食料生産は困難と判断され、幕府は予算の少なさから植民が進んでいなかった夷俘島に目を付け、各藩へ開拓人員の供給を要請。
この事実上の棄民政策に葦原諸藩は住民からの反発を想定したが、奥葦原の諸藩は無頼集落の住民を送れば反発を招かないと見抜き、無頼集落の住民を根こそぎ供出した。
こうして奥葦原にあった無頼集落の住民の大多数は、夷俘島の農地開拓に駆り出された。
後年、葦原各地にある無頼集落の存在は人権問題となったが、奥葦原には問題となる無頼集落が存在せず、地域的な温度差を生むこととなった。
夷俘島租借計画
央暦1969年、葦原内戦では幕府軍が最後に立て籠もる地となったが、幕府陸軍には夷俘島を合衆国やユーロネシア諸国へ租借し、権益を与えることで延命を図る勢力があった。
実際にリールランド神聖国とゲールズ共和国の間で連絡が行われ、ゲールズ共和国は交渉の一環として軍用火器を供給している。
この動きは幕府陸軍のいち勢力の独断によって行われたものであり、指導者として扱われる大和利信将軍や、春川親王が全く関知しない中行われた。
この野蛮な動きを察知した政府軍内部では意見が割れ、海空軍は計画が進行する前に短期決戦を主張。
陸軍は幕府の抵抗による犠牲を恐れて、通商破壊をはじめとした長期戦を主張した。
最終的に神機隊をはじめとした政府空軍の活躍により、幕府最後の城塞である五稜郭は陥落。
租借計画は未然に防がれたが、後の極東大戦においてリールランド神聖国は葦原政府と結んだ密約により夷俘島を租借地とし、外国勢力の占領下ながら唯一の葦原となっている。
極東の大破壊による被害
極東の大破壊により、夷俘島南西部の沿岸域は壊滅。
かつて夷俘島の玄関口であった屋岸都市部は水没し、港を失った島民の大多数は世界的に孤立。
その混乱に乗じて超帝国の冬天軍閥が来襲し、リールランド遠征軍によって撃退されるまで2年の月日を要した。
追記
地図につきましては近況ノートをご参照ください
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