明日には忘れていいお伽話 [短編集]

新橋

世界の半分をお前にやろう

 激しい戦火の果て、ついに魔王城最奥へとたどり着いた勇者ロイ=バーグと仲間達。

 疲弊した剣を肩に乗せ、彼は血だまりの中で魔王と対峙していた。


「たとえ余を討とうとも、戦乱は止まらぬ。ならば──お前に世界の半分を与えよう。共に、支配の座に就くがいい。」


 露骨な懐柔か、騙し討ちか。

 顔をしかめる仲間を尻目に、ロイは剣を納めてニヤリと笑った。


「……その提案、乗った。」


「おい!? 正気かよ!!」


「任せとけ。ここからは、交渉のお時間だ。」



***



 数日後──魔族と人間の間で和平契約が結ばれることに。

 立ち会うのは魔界四天王と、大陸法廷の特使。

 勇者と魔王は、机を挟んで対峙する。


「こちら、魔王陛下が提示された世界の半分に関する明文化草案。読ませていただきました。」


「ふむ……」


「《世界の半分》という表現は抽象的かつ不明瞭なため、こちらで再構成しました──。

《魔族が有する全支配地域・地下領域・魔族登記済み資産の50%》を譲渡する、という解釈で。」


「なっ……!」


 四天王が、顔面蒼白となり騒めく。


「……地下領域!? それは、魔王様の心臓保管区域ごとでは……!」


「《支配地域の定義》が旧魔王法にはないため、《魔族が通行・監視・課税可能な範囲》すべてを包括しました。ご確認を。」


 大陸法廷の特使は文書を精読し、口を開く。


「……確かに法文上、瑕疵はないな」


 呆然とする魔王と四天王。

 不敵な笑みを浮かべる勇者ロイ。


「き、貴様ッ……!!」


「《世界の半分》をくれたのは、あなたです。」



テッテレー♪

【ロイは、魔王が持っていた財宝、土地、地下要塞、果ては監視塔や魔導炉の特許権までも《支配資産》の50%として合法的に手に入れた。】



「こ、これは和平ではない!!略奪だ!!」


「いいえ、合意に基づく移譲です。サイン、お忘れでは?」


 サインされた魔法契約書には、魔王の自筆と印章が確かに刻まれていた。



***



 大陸議会にて、魔王領の南半分は正式に勇者領として承認された。

 首都には銀行、法務局、裁判所が立ち並び、住民票を持つ魔族が日々罵倒と納税を繰り返している。


「主要な財源と都市機能は、ほぼ頂いた。

 契約ってやつは、解釈次第で呪いにもなる──いい教訓だろ、魔王陛下?」


「貴様ァァァァア!!」



***



 勇者領にて、ある家臣が尋ねた。


「閣下は何故、剣で魔王を倒さなかったのですか?」


 ロイは、薄く笑ってこう答えた。


「剣で斬れる数は知れている。

 でも──契約なら、民族ごと制圧できるからな。」


 彼の怜悧な瞳は、伝説の剣よりも冷い光を放っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る