恋する水霊の哀歌 ― 浮気されてぴえん☆

【前章:水霊の伝説】


 水霊の乙女らよ。

 そなたら、魂なきゆえに、

 久遠のときの流れを、ただ澄みて生きたり。


 されど──


 ひとたび人の子を愛づれば、

 その身に初めて魂は宿りぬ。

 それは歓びと引きかえに、

 深き咎をもて来すものなり。


 もし裏切られたるときは、

 その魂、決して赦さず、

 命をもって贖わせよ。


 これぞ、水に棲まう者らに伝わる古の掟。

 愛し、魂を得し者に課せらるる──

 まぬかれがたき宿命なり。



***



【第一章:蒼き水面】


 星降る黄昏、風は静まり、

 深き森の奥、言の葉ひとつも届かぬ泉に──

 ひとりの乙女が、蒼き水面に揺れていた。


 そのときであった。


 林を裂く騎馬の蹄。

 金属の響きは風を切り、白き鎧に身を包んだ影が、泉のほとりに現れた。


 剣と誓いをもって誠を掲げる、王国騎士団の若き騎士。

 彼は息を呑み、娘を見つめ、そして言った。


「──何者ぞ。

 この世にかかる美しきものがあろうとは……。

 我が目に映るは、幻か、天使か、はたまた神託の化身か……」


 それは命なき精霊にして、されど水面に宿る魂。

 流れに戯れ、光を弄び、ただ、人の世界に憧れるもの。


「ウチはウンディーネ。

 泉に棲む水の精で。

 たぶん、ちょっとそこらとは違う存在よ?」


 騎士はひざまずき、剣を地に立てて誓う。


「ならばこそ、我が心はそなたに捧ぐ。

 清き水のごとく澄みきったその魂に──

 この身、この剣、この生涯を委ねん。」


 ウンディーネは、心の奥底で何かが弾ける音を感じていた。


(……え? 何この人。マジガチ勢……。でも、顔わるくないし、わりと響いたかも……てか剣カッコよ。)


 ふたりは、言葉を超えて視線を交わした。

 その日、世界は少しだけ、温かき光に染まった。



 やがて時が過ぎ──

 騎士は幾度も泉を訪れるようになった。

 彼は歌を捧げ、詩を詠み、花を持ち、幾星霜の想いを一つひとつ積み重ねた。


「この心、ただそなたのために──誰が何を言おうとも、我は変わらぬ。」


 水の乙女は、そっと笑って応えた。


「それなら、もうちょっとだけ……そばにいてもいいよ。」


 ふたりは時に語り、時に黙って水面を眺め、その間に、確かに何かが芽生えていた。



***



【第二章:恋はチュロスより甘い?】


 騎士との日々はわりとイケてた。

 一緒に夕日見たり、ウチの泉でピクニックしたり、プリ撮ったり。

 ウチ、ちょっと本気でこの人に魂あげてもいいかなって思ったワケ。

 でも、アイツ。


「我が心はそなたに──しかれど、人の世界も我を呼ぶ……」


 って言いながら、人間の姫と元サヤ戻ってて草。

 なんそれ??


 インスタの投稿減ったと思ったら、ガチ浮気してんじゃんw

 DMも既読スルーだったくせに、姫とはストーリー共有し合ってるとか。

 ギルティ of ギルティー。



***



【第三章:悲恋の騎士】


 夜風が吹き抜ける聖堂の回廊にて。

 騎士は一人、祈りにも似た嘆きを口にしていた。


「嗚呼、蒼き水面に生まれし幻よ……。

 ウンディーネ。

 汝の指先が私の頬を撫でたとき、

 我が剣は己の主を忘れ、ただその笑みに忠誠を誓った。

 汝と過ごした泉辺の昼、星を数えた夜。

 幻であるはずのそなたが、我が生を輝かせてくれた。」


 騎士は空を仰ぎ、拳を握る。


「されど──我は人の身。

 王命を背負い、家の名を守らねばならぬ。

 王女との婚姻こそ、家の未来。

 将来の出世コース。

 君との愛は、主君への裏切り。

 ……私は、玉の輿もとい義を選んだ。

 それが正しかったと、今も思う。

 されど、汝の沈黙が、私の心を千たび裂いた。」


 騎士は剣を鞘から抜く。

 その刃は冴え冴えと、光すら拒むように冷たい。


「愛も義も、選びきれぬ愚か者に、

 剣を取る資格などあるまい。

 だが願わくば──

 汝の心に、ほんの一片の赦しがあらば……」


 騎士は跪き、胸に剣をあてがう。


「神よ。この愚かな魂を、どうかあの泉へと帰してくれ……」



***



【第四章:ギャルの友情】


 ウチの友達のナミとリカに浮気されたって話したら、マジ引いてた。


「は? それ浮気ってか、ガチ二股じゃん。都合のいい女とか舐め腐って、キープするつもりっしょ。」


「ほんそれ。魂あげたギャルをキープにするとか、マジでヤバたにえん。」


「……でも、ウチが隙みせて。そのせいでナメられてたのも事実じゃん……」


「ちげーし! ナメられたんじゃなくて、そいつがクズだっただけ!」


「うちらのウンディ、マジ最高の水ギャルだし!」


 泣いた。

 普通に。



***



【第五章:掟とか知らんし】


 ――精霊界、神託の壇上。

 水霊の長老が厳かに告げる。


「ウンディーネよ……裏切りし男は、掟によりその命を以て贖うべし。

 魂を与え、奪われし者──その怒り、裁きと共にあらねばならぬ。」


 ウンディーネは、すんとして答える。


「そんな中世メンヘラ構文、ガチ萎えるし。」


 眉を顰めて長老が難じる。


「なにゆえ掟を退けるか?  汝、傷つけられし魂を……」


「復讐ってか、晒すわ普通に。」


「……なに?」



***



「#二股騎士」

「#精霊にも手を出す系男子」

「#騎士団DM流出」

「#裏垢姫との蜜愛」



 燃えるタイムラインが流れていく。

 大炎上。

 全てを焼き尽す地獄の業火。

 

 職場での信用も。

 主君の寵愛も。

 姫との婚姻も。

 出世コースも。


 全て焼失。

 男は額に手をあて、天を仰いだ。


 そして──

 ストーリー更新「停止」。

 垢名「非公開」。

 活動「休止」。


 騎士はベッドでうずくまり、ストーリーも鍵垢にし、最後はSNS退会。

 リアルからネットまで、全てを失った。



***


 パチンとスマホを閉じて、ウンディーネが呟く。


「おわた。」


 長老は呆然として天を仰ぐ。


「……掟とは、なんだったのか……」


 騎士とのラインを削除しながら、若い娘は応える。


「時代よ、ばあちゃん。」


 隣には、親友のナミとリカ


「けど恋愛経験値、ガチで入ったよね。」


「流した涙の分だけ、人生もアガるってことで☆」


 三人の精霊ギャルは、パンケーキ食べに泉をあとにする。

 水の乙女は、最後に呟く。


「人の子らと水霊は、やはり結ばれぬ運命。

 水面に浮かびては消える、泡沫(うたかた)の恋。

 逢瀬は春の甘露のごとく甘く、しかし離別は冬の雪水のごとく冷ややかに。

 ああ──あの方を、愛で殺めました。」


 泉は静かに凪ぎ、光は淡く散りぬ。

 そは恋慕の終焉にて、水鏡の御影は永遠(とわ)に消ゆ。



 END

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明日には忘れていいお伽話 [短編集] 新橋 @shinbashi

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