稀代の穀つぶし引きニート王子、悪役聖女の来訪により無理やり勝利王を目指させられる!?

ライデン

序章

第1話引きニートに陽光を浴びせるとは……

 チュンチュンという煩わしい鳥の鳴き声で目を覚ます。陽光も煩わしい。人と会うのも煩わしいし、“柔らかいベッドと肌触りの良いブランケットと部屋の暗闇と数々の本だけが心の友だ”という気分。


 ここフラン王国は、数千年の歴史を誇る。名君もいれば暗君もいた。特に俺が好きなのは、稀代の引きニート王子へある日、聖女が訪れて兵を率いてフラン王国を滅ぼす寸前だった魔族に勝利し盛り立てたことで引きニート王子が稀代の勝利王と呼ばれるに至った史実である。


 もっとも……その聖女は魔族に勝利した直後、用済みとばかり魔女裁判にかけられ処刑されてしまったのだが。

 勝利王の周囲の人間達にとって聖女の名声が邪魔だったのだろう。


(人間は、クソだ)


 本を読んだだけの知識ではない。賢王たる父が病にふしてることをいいことに、私か弟に取り入って2派にわかれて権力争いをしている醜い者達を見ればおのずと悟るものなのだ。


 他の文献も読み解くに、魔族のスタンピードはそろそろ起こる頃だろうと思うのだが……


(権力争いなどしている場合ではない)

  

 時間と気力の無駄。そんな愚かなことをしているより、禁書庫の本でも読んで異世界の研究でもしている方が百億倍マシというもの。


(この世界は、“天界、人間界、魔界で構成されているなんてメルヘンチックな説が横行しているが、禁書庫に伝わる異世界の本を紐とくと……世界がたった3つしか存在していないわけがない。数え切れないほど無数の異世界が存在するはず。この世界は無数の異世界と交錯する、いわば“マルチユニバースの特異点”なのではなかろうか?)


 そんなことを考えていると……


 トントントン♪


 私の部屋の扉がノックされた。 


(……)


 人と会うのがおっくうだったので、居留守を決め込むことにする。

ある理由から寝起きがとても悪いのだ、私は。


 だというのに……



 ガチャ♪



(こちらの返事も待たずに扉を空けただと??)


 トコトコと部屋に入ってきたのは、細身の女の人影。


 それから……


「あら。この部屋、朝なのに真っ暗だわ」


 凛とした声で言って、私の部屋の窓へ直行。


 シャ♪ バタンバタン♪


 カーテンを開け、窓も開けた。


 いきなり差し込む陽光。すなわち、刺激の暴力。


「うぎゃあーっつつつ!!」


 絶叫する、私。


「うぎゃあーっつつつ??」


 困ったように静かにオウム返しする凛とした女の声。若い女らしき人影がキョトンとかわいらしく首をかしげている。


(……)


 とりあえず、2つほど言わせてくれ。


 まず、返事を聞く前に人の部屋に入ってくんな!


 あと、引きニートにいきなり陽光を浴びせかけるな!


 目が退化したモグラのようなものといえばいいか? モグラに陽光を浴びせるとその刺激で死んでしまうんじゃなかったか?? 本当か知らないけど。


(なんたる悪行💢)


 私は、後光に照らされたその非常識な女を怒り心頭で凝視した。




 陽光に目が慣れてきた。


 目の前にいるのは、細身の長身。スタイルのよい凛とした感じの若い女性。髪型は長めのショートボブ。中性的な感じだが、顔立ちはとても整っている。服装は、質素な修道服である。


「……私の名はオズワルト。君は?」


 不本意ながら、私から名乗る。人に名を聞く為には自分から名乗るのが礼儀であろう。


「申し遅れましたオズワルト殿下。わたくし、マリアンヌと申します」


 マリアンヌ……聖女・マリアンヌか! 中級貴族の出らしく。礼もちゃんとしている。まぁ、勝手に部屋に入ってきたのとカーテンと窓を勝手に開けたのは許さないが。


「貴女が聖女・マリアンヌ殿か。いい噂も悪い噂も両方よく耳にする」


「悪い噂もオズワルト殿下まで届いていましたか」


 困ったように微笑むマリアンヌ。


「ふむ……友人面をした貴族たちが様々な情報をあることないこと頼んでもないのに次々と吹き込みにきてくれるのでね。貴女とは初対面だが、すでに悪い噂の方も“あながち間違いではないようだ”、と思っているよ」


 実は、彼女の用件にも心当たりがある。


「どうしてでしょう?」


 キョトンと首をかしげる動作はかわいいかもしれない。


「君は舞踏会等で出された大皿の料理にレモンがついているからといって、周囲の許可もえずにレモンを大皿にのったままの料理に無遠慮にどばどばとかける性質たちなのではないか?」


「はい。それで怒られた事があります」


「だろうな。ノックしたからといって許可もえずに部屋に入ってくるわ、勝手にカーテンと窓を開けるわ」


「返事を待たずに部屋に入ったのは危急の要件でしたので。あと、カーテンと窓を開けたのは、殿下もその方が心地よいかと思って……つい」


「人によっては、寝起きの陽光は刺激が強すぎるのだ! 癒し手でもあるべき聖女がそんなことも知らんのか💢」

 


「も、申し訳ございません。そんな吸血鬼ヴァンパイアのような人間がいるとは思わず……」



吸血鬼ヴァンパイア……。いや。声を荒げて申し訳無かった。だが。人に話を聞いて欲しくば相手のことを尊重することから始るべきであろうな。その手の本を2、3冊お貸ししよう。それらを熟読してからもう一度私を訪ねてもらえまいか? 今度は、ノックだけでなく部屋にはいる許可もえてもらおう。朝駆けは……まぁ、大目にみるが」  


 マリアンヌに貸す本は……人との接し方のHow to本が一冊に恋愛小説が一冊に権力闘争的なものがテーマの小説が一冊とかでいいか?


 私は本棚から適当な本を探してマリアンヌに渡す。  


「殿下の見識と寛大さに感謝いたします。そして、殿下が貸してくださった本を熟読し、行動を改めます」  


 この聖女、以外と素直。その素直さには好感がもてる。危急の用件というのは、本当に危急だろうに。


「ふむ。あと、今度来る時は貴女の好きな本も何冊か持って来て欲しいものだ。同好の士を、私は無下に扱わぬ」


「はい。寝起きに押しかけて申し訳ございませんでした。また日を改めます」


 深々と頭を下げて潔よく帰る聖女なのだった。


(悪くない人間なのだろう)


 彼女の良い評判は、“歴代最高の素質を持つ聖女”。悪い評判は、“政治に口を挟みすぎる出しゃばり女”・“貴族を滅ぼす悪女あるいは魔女”・“あんな女を王妃にしたら国が滅びる”など。

 聖女に関する評判は主に庶民のもの。“悪女”だの“魔女”だの“国が滅びる”だの言っているのは、弟の派閥に属する貴族達が主に言いふらしている。


(洞察力とネーミングセンスの無いことだ)


 あれは、“悪女”でも“魔女”でもあるまい。“国を滅ぼす悪魔”とは、弟を担ぎあげて税金を浪費しまくる佞臣ねいしん達の方こそであろうに。


 庶民たちの言う“歴代最高の聖女の素質”の方もどうだか?


(いわば……“容姿かおの良い猪女”といったところでは? くくく)


 あの女、私のことを“吸血鬼”と評していたな。私が陽の光を嫌っていることだけを指しているわけではない気もする。

 ニンニクの匂いとか胃にもたれる感じも嫌いだし、金属の十字架を胸にかけると皮膚がかぶれるが、そういうことでもなかろう。


(今度訪ねてきたら、その辺のこともじっくり聞いてやろう) 


 あの聖女猪女と会うのが以外と嫌では無いらしい。


 その後、私は勝手に開けられた窓とカーテンをきっちり閉めなおし、お気に入りのブランケットにくるまって昼近くまで二度寝を楽しんだ。

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