因果応報のショートショート

なぁりー

第1話「応」

静かな雨の夜だった。


哲哉は布団の中で、睡魔が訪れるのをじっと待っていた。最近寝つきが悪い。年齢のせいだろうと、自分でも薄々感じていた。若いころには考えられなかったことだ。


ようやく意識がふわりと浮きかけたそのとき、外からバイクの爆音が響いてきた。夜の静けさを引き裂くような音だった。

「最近はもう聞かなくなったと思ってたが、、、まだいるんだな」

哲哉はそう呟いて、ふっと笑った。


自分の若い頃に比べたら、今のそれは可愛いもんだ。高校生の頃には自分も暴走族に入り、仲間とともに毎晩のように街を走り回っていた。


すぐに収まると思っていた騒音は、むしろ勢いを増していた。バイクの数が増えたのか、音が一段と激しくなっている。


眠気が遠ざかってしまった哲哉は寝床を抜けて水でも飲もうかと体を起こした。だが、そのときだった。

部屋の片隅に、違和感があった。


その違和感の方に目を向けると、そこにはひとりの老人が静かに立っていた。思わず息を呑む。だが、目を凝らしてみると、その顔には見覚えがあった。かつて自分が住んでいた場所の近くにあった、古びた雑貨屋のじいさんだった。


どういうことだ?

あの人は、自分が高校生の頃にはもうすでに立派な老人だった。

その時とまったく同じ見た目じゃないか!

ていうか、俺のほうが年を取ってないか?


いや、そもそも、なぜ俺の部屋に――?


混乱する哲哉の元に老人がすっと寄ってきて、耳元でささやく。


「哲哉様、精算のお時間でございます。」


「、、、精算?」


問い返す哲哉に、老人は静かに頷いた。


「はい。精算でございます。

哲哉様は、不思議に思ったことはございませんか?

老後は“静かに”過ごしたい、余生は“静かに”暮らしたい――そう言われることが多いことを。

なぜ、そう表現されるのか……と」


哲哉はまだ状況を飲み込めず、言葉を失っていた。そんな様子を見て、老人は言葉を続けた。


「良い行いをすれば良いことが返ってくる。悪い行いをすれば悪いことが返ってくる。

よく聞く話でございます。人に与えた不快な“音”もまた、同じでして。若き日に撒いた騒音の種は、老後に同じ分だけ返ってくるようになっております。

哲哉様は、、、お若い頃、随分多くの方に音をばら撒きになったようですね。」


その老人の言葉は、バイクの音にかき消されて、はっきりとは聞こえなかった。


老人は言い終わると、ふらりと玄関の方へ歩いていき、まるで雨に溶けるように消えてしまった。


それから朝まで、不思議な老人の言葉と、耳をふさいでも聞こえてしまうバイクの音のせいで哲哉は一睡もできなかった。


「、、、全く、いつまで走ってるんだ。」


昨日から降り続く雨は、今日になって一段と激しさを増していた。

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