バレたら修羅場!? 女装したらモテすぎて二股かけちゃった件
葉っぱふみフミ
第1話 女装メイド誕生
降り注ぐ午後の陽光が、がらんとした店内を優しく照らしていた。
カフェ「レ・グット・ド・プリ」。白木を基調としたテーブルとチェアが並び、観葉植物の緑が目に心地よい、北欧風の洒落た空間。
しかし、その可愛らしい空間に似合わず、客はまばらで二人だけ。
やがて、コーヒーカップを傾けていた二人が会計を済ませ、店のドアを開けて出ていく。店長の
「はぁ~……日曜の稼ぎ時だってのに、このままじゃマジで潰れるってば~!」
雫の悲痛な叫びに、カウンターの中で洗い物をしていた
「まあまあ、今日だってまだこれからお客さん来るかもしれないし」
「『かもしれない』じゃないの! いつもこうなんだもん!」
「それよりもそろそろお昼にしましょ?」
「そうね」
雫はしょんぼりと肩を落とすと、まるで魂が抜けたようにヨロヨロと歩き出し、店の入り口に掛かった営業中のプレートを「準備中」へと裏返した。
フランス語で「雨の雫」を意味するレ・グット・ド・プリの営業時間は、午前十時から午後二時半までのランチタイムと、午後四時から七時までのディナータイムの二部制だ。
雫がレジの数字とにらめっこしている間、奏太は冷蔵庫からテキパキとベーコンと彩り豊かな野菜を取り出した。
慣れた手つきで野菜を刻み、ジュージューと音を立てるベーコンと共に炒め、茹でておいたパスタを投入。塩胡椒と鮮やかなケチャップで手早く味付けすれば、食欲をそそるナポリタンがあっという間に完成した。
「ん~、いい匂い!」
レジの確認を終えた雫が、ふわりと漂う香りに誘われるようにカウンター席に腰かけると、奏太は熱々のナポリタンを二つに分け、彼女の前に差し出した。
自分も隣の席に腰を下ろし、二人は遅めの昼食を取り始めた。
「美味しい!」
雫の素直な賞賛に気分が良くなり、つい饒舌に作り方のコツを語りだす。
「ケチャップはね、ちょっと煮詰めて使うのがポイント。酸味が飛んでコクが出るんだ。あと、パスタも茹でてから一晩寝かせると、ソースがしっかり絡んでモチモチになるんだよ」
「ふ~ん、そんなちょっとした工夫で味が変わるのね」
「そうだ、このナポリタン、うちのメニューに入れてみない?」
奏太の提案に、雫は間髪入れずに首を横に振った。
「ダメよ、絶対。この北欧風のオシャレな空間に、ナポリタンなんて場違いでしょ。昭和レトロ喫茶店じゃないんだから」
「でも、このままじゃ本当に潰れちゃうって」
「あ~あ、せっかくキャバ嬢で死ぬほど稼いで貯めた開業資金が……開店半年でパーか」
奏太の従姉妹である雫は、高校を卒業するとすぐにカフェスクールに通い、夜は夢を叶えるための資金稼ぎとしてキャバ嬢のアルバイトに励んだ苦労人だ。
本人曰く「結構売れっ子だったのよ!」と、事あるごとに自慢げに語る。
そしてそれはどうやら事実らしく、カフェの厳しい経営状況を支えるため、今でも週に一、二回は夜の仕事に戻っているらしい。
夢にまで見たカフェ「レ・グット・ド・プリ」をオープンして早半年。
当初は物珍しさから訪れた客も、二度三度と足を運んでくれるリピーターには育たず、開店から三ヶ月を過ぎた頃には、店内はいつもひっそりと静まり返っていた。
カフェ近くの大学に通う奏太は、雫の母親すなわち叔母に頼まれ、賄い付きという条件に惹かれてアルバイトを始めたものの、このままでは近いうちに新しいバイト先を探さなければならないだろうと感じ始めていた。
「あっ、そうだ!」
熱々のナポリタンを平らげ、湯気の立つカフェラテをゆっくりと味わっていた雫が、突如声を上げた。
「何か起死回生のアイデアでも?」
奏太が期待を込めて問いかけると、雫はキラキラとした瞳でこちらを向いた。
「うん! 奏太、メイドさんやってよ!」
「め……メイド!?」
あまりにも突拍子もない提案に、奏太の思考回路は完全にショート寸前だった。
「あんた昔、うちの服着て女装したら結構イケてたじゃん! あの可愛さなら、きっとメイド服もバッチリ似合うって!」
遠い親戚の集まりで顔を合わせた際、暇を持て余した雫が遊び半分で奏太に自分の服を着せ、ウィッグを被せ、簡単なメイクを施したことがあった。
華奢で中性的な体つきの奏太は、雫の服を難なく着こなしてしまい、思いがけず可愛らしい少女のような姿に変身したのだ。
「いやいやいや! 女装なんて絶対嫌だって! 第一、このお洒落な北欧風カフェにメイド服なんて、どう考えてもミスマッチでしょ!」
「でもね、背に腹は代えられないのよ! だから、そのメイドさんが作る看板メニューとして、その絶品ナポリタンも出すの! メイドさんの作る絶品ナポリタン……うん、絶対SNSでバズるわ!」
一人納得したように何度も頷き、自分の突飛なアイデアに酔いしれている雫。閉店の危機に瀕しているというのに、呑気なことを言っている場合ではないだろうと奏太は呆れて見ていた。
まさか雫が本気でそんなことを考えているとは、この時の彼は想像すらしていなかった。
週が明け、定休日だった月曜日を挟んで火曜日。午後の講義を終えた奏太は、自転車のペダルを漕ぎながらレ・グット・ド・プリへと急いだ。
「準備中」の札が掛かったドアを開けると、店内にはコーヒーカップを片手に一息ついている雫の姿があった。
「雫さん、今日のランチはどうでした?」
「ん、今日はそこそこお客さん来てくれたわよ」
珍しく上機嫌な雫の言葉に、奏太は内心ホッと胸を撫で下ろす。
一安心したところで、「STAFF ONLY」と書かれた簡素なドアを開け、奥の控え室へと足を踏み入れた。
四畳半ほどの狭い空間。置かれているのは事務机とスチール製のロッカーのみ。お洒落なカフェの雰囲気とはかけ離れた、無機質な空間。
自分の荷物を入れるためロッカーの扉を開いた瞬間、奏太の目は釘付けになった。
目に飛び込んできたのは、漆黒のワンピースに、これでもかとフリルとレースがあしらわれた純白のエプロン。紛れもなく、あの時雫が言っていたメイド服だった。
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