恋を灯して駆け抜けて
7しあ
01 波紋
「ねー
「……ねーねー、予選負けちゃったぁ、ボコボコにされちゃったの。それでねっ、実はその対戦相手、去年の県大会優勝した人だったの!そりゃ強いわけだ〜。もうさ、サーブが速すぎてずっと、死んじゃう!って思いながらやってたの!……決勝、花奈に応援来て欲しかったなぁ」
「なんかね、ボランティアいっぱい参加してたら市長から賞状もらったのっ。すごくない!?次は県知事かな〜いや、総理大臣かもっ!……内閣総理大臣賞ってやつ?どーやったら貰えるんだろーね」
「バイトって意外と楽だし楽しいね!ふふんっ、今度奢ってあげるよ〜!花奈と遊ぶお金のためにバイトしてると言っても過言じゃないからねっ。……あはっ、冗談だよ〜」
私の幼馴染の翠は、何事にも全力だった。小学生の頃は勉強も運動も全然してなくて、私の後ろについてくるだけの子だったのに、中学受験をする私についてきてから、勉強も運動もその他諸々、人が変わったかのように全てに時間を費やし始めた。
そこから今に至るまで、何をするにも全力で楽しそうに取り組み、必ず上位に食い込んできた。加えて、生徒会に入ったり地域のイベントにも積極的で、ピアノも弾ける。めちゃうまい。そして元々から性格も容姿も良かったため、友達もたくさん増えて告白もたくさんされてきた。
そんな目まぐるしい人生を送っている翠は、親友という特別な位置に私なんかを置いてくれている。忙しいはずなのに空いた時間に一緒に遊んだり、勉強したりしてくれる。ほんとに幼馴染で良かった。そう何度も思ってきた。良かった、と言うのは私が翠のことを尊敬していて、憧れていて、友達として大好きだから…………そんな生半可なものじゃないと、高校生になってから気がついた。
私は翠のことを愛している。
でも、この気持ちは絶対に伝えない。伝えられない。翠は今も何かに全力で取り組んでいる。そんな翠をこんなしょうもないことで邪魔したくない。だから私は、この恋を噯にも出さずに翠と一緒に青春を全力で駆け抜けて行く。そう決めた。
⭐︎
「花奈〜!おはよっ!…………あのねっ、聴いてほしいことがあってね」
今日も元気を身に纏った元気が私の下まで駆けてきた。この声を聞いてから私の一日が始まるのだ。元気をお裾分けされた私は、翠の方に体を向けて笑顔で挨拶をし返す。そして、つい一瞬見てしまった輝かしい大きな瞳から目を逸らしてゆっくりと歩き出した。
今日はどんなワクワクする事を聞かせてくれるのかと、翠の方に体を近づけ耳を傾ける。たまには予想してみようかな。最近、色彩検定で勉強した面白い知識を聞かせてもらったから……過去問が八、九割合ってた、とか?いや、今日はピアノでの弾き語りを聞かせてくれるのかもしれな——
「——好きな人が、できたのっ」
「………………」
つい無言になってしまった。ほんの一瞬だけ時が止まったような気がした。風の音も車の音も水の流れる音も全て聞こえなくなったような気がした。度肝を抜かれて鈍ってしまった足取りを急いで取り繕う。
「……な、何か言ってよぉ」
「……えっ?あ、ごめんね。いやー翠にもついに好きな人ができるとはね、急だからびっくりして」
今、本当に驚いた表情ができているだろうか。そして、祝福するような柔らかな笑みができているだろうか。顔を見て瞳を覗き込んで微笑んであげたいのだけれど、今は何故かそれができなかった。
「ね、誰なのか教えてよ」
「え?……あ〜、いいよっ。えっと、二組の、七沢」
「七沢、て誰だっけ」
「えっ花奈の友達じゃなかったっけ!?」
「あー、確かにそんな人いたね」
「ひどっ」
七沢はたまに遊んだりする、至って普通な子で、私の一番仲が良い男友達だ。なんでよりによってこんなやつなのか、まあ良い人だけれど。……まさか二人が知り合いだったとは。
少し落ち着いてきた私の心には、焦りだとか、悲しみだとか、苦しみだとか、そんな負の感情はもうなかった。ただ、やっと好きな人ができたのか、という喜びと安堵だけがあった。多分。
翠はありえないほどに人脈があって、自分から行かずとも相手側から話しかけられるアイドルのような人間だった。だから逆に今まで好きな人ができなかったのが奇跡なのだ。
「おめでとう、ほんとに」
「え、まだ付き合ってないんだけど!」
「いや……おめでとう、ほんとに」
「なんだそれっ」
私の目の端に生まれた小さな何かは、きっと祝福の雫だ。そうに違いない。
翠が面白おかしく笑っているのを一瞥して、私は誤魔化すようにスキップ気味の早歩きで翠と距離を少しずつ離していく。すぐに後ろで快活な足音が聞こえたと思ったら、翠の小さな手が私の手を優しく握った。
「それで、ね。……デ、デートの練習を、して欲しくてっ」
「……え、私が?」
「うん!」
何やら珍しく歯切れが悪いと思ったら、まさかのデートの提案をしてきた。練習、と言うのはいかにも用意周到な翠らしい提案だが、相手が私である意味……まあ、ないこともないのか。
「花奈って七沢とよく話してるから、好きなものとか知ってるかなって」
「……うーん、一覧で紙に書いてこようか?」
「だ、だめっ!ゆっくり学んでいきたいのっ」
翠は困ったような表情をして思い切り首を横に振った。少しだけ焦っているようにも見えたけれど、翠がそう言っているのだからそれで良い。意外と奥手なのちょっと可愛いな。もっとぐいぐいいくのかと思った。そんなの誰でも落ちるのに。
「そうなんだ。というか…………」
「どーしたの?」
「いや、なんでもない。よし翠、頑張ろうねっ!」
「え……う、うん。頑張る!花奈、やる気だね……」
「そりゃそうでしょ……親友の恋、叶えなきゃね」
「うん……ありがと」
翠は少しだけ寂しそうに笑った。そして、握っていた手を離してから眩しい笑顔でこちらを振り返り、ゆっくりと走り出した。親友の恋を応援するという明るい気持ちの周りを、ほんの少しだけ負の感情が纏っているのに気がついた。それをまた元気で纏わせてもらおうと、私は、風に靡いて揺れている髪へ向かって走り出し、手をそっと握った。
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