『俺達のグレートなキャンプ31 マグロの頭デッサン』

海山純平

第31話 マグロの頭デッサン

俺達のグレートなキャンプ31 マグロの頭デッサン


「よっしゃー!到着だー!」

石川の軽快な声が、朝もやの漂う「湖畔の森キャンプ場」に響き渡った。富士山を仰ぎ見る絶景の穴場スポットだ。前日の夕方から設営を済ませ、翌朝を迎えていた。

「おはよー!今日はいい天気だな!」

石川は軽トラの荷台から大きな発泡スチロールの箱を取り出した。山間のキャンプ場に流れる川のせせらぎと小鳥のさえずりが心地よい朝だった。石川の赤いチェックのネルシャツは、朝日に照らされて一層鮮やかに映えていた。

「おーい!千葉!富山!今日のグレートなキャンプの目玉が到着したぞー!」

テントの中から寝ぼけ眼の千葉が顔を出した。寝袋から出たばかりで、髪の毛は鳥の巣状態。片手で目をこすりながら、もう片方の手でテントのジッパーを引き上げた。

「わぁ、もう持ってきたんだ?何?何?今日は何をするの?」千葉はパジャマ姿のまま、興奮した子犬のように石川の周りを跳ね回った。

一方、隣のテントからは富山がすでに完璧なキャンプ服装で出てきた。防水アウターにトレッキングパンツ、機能性インナー、そして首にはアウトドアブランドのスカーフ。さすがベテランキャンパーだ。腕を組みながら遠巻きに様子を見ていた。

「また何か変なもの持ってきたでしょ。前回の『闇鍋ロシアンルーレット』といい、その前の『蚊取り線香で星座づくり』といい…」富山はため息をつきながらも、好奇心を隠しきれない表情だった。

「また変なの持ってきたでしょ」

石川は箱を地面に置くと、両手を腰に当てて高らかに宣言した。「今日はな、『マグロの頭デッサン大会』を開催する!」

箱のふたを開けると、そこには巨大なマグロの頭が鎮座していた。真っ赤な血合いと光る目、硬そうな顎。サイズは大人の顔の二倍はあろうかという巨大なものだった。傷ひとつなく、まるで今捕れたかのように新鮮だ。

「うわぁ!でっかい!これどこで手に入れたの?」千葉は目を輝かせた。パジャマ姿のまま箱に駆け寄り、マグロの頭を覗き込んだ。

「俺の叔父さんが築地で働いてるんだよ。『キャンプで何か面白いことやりたい』って言ったら、『マグロの頭あげるよ』って。本当は競りに出ないヤツなんだけどね」石川は得意げに胸を張った。

「ちょっと待って、マグロの頭をデッサン?なんでまた…」富山は額に手を当てながら嘆いた。「普通のキャンプならバーベキューとか、川遊びとか…」

「いいだろ?芸術の秋だぜ!正確には夏だけど、秋っぽい朝だし!」石川はニヤリと笑った。「俺、先週美術館行ったんだよ。そしたら『自然のフォルムを描く』みたいな特別展やってて、これだ!って思ったんだよ」

石川の瞳には、湖面に反射する朝日が煌めいていた。情熱に溢れた表情は、彼のキャンプ哲学「奇抜でグレートなキャンプ」を体現していた。

千葉はすでにマグロの頭の周りをグルグル回って観察していた。両手でフレームを作って様々な角度からマグロを見る姿は、まるでプロのカメラマンのようだ。「へぇ〜、確かにフォルム、独特だよね。この曲線と直線の対比、それに反射する光加減が素晴らしい!これ、どうやって描くの?」千葉は美術の専門用語とも思えない言葉を並べた。

「そこがミソなんだ!」石川は荷台から別の袋を取り出した。「俺たち、それぞれ違う画風で描くんだよ。これ見て!」

袋からは参考書が次々と取り出された。『ゴッホの描き方』『ピカソに学ぶキュビズム入門』『モネの印象派テクニック』『ダリの超現実主義』『広重と北斎の浮世絵技法』『フリーダ・カーロの色彩世界』。全部で10冊ほどの画集や技法書が並べられた。

「なんで持ってんの、そんなの。しかも何冊あるの」富山は呆れた声を上げた。「キャンプには、なぜか変な本ばかり持ってくるよね」

「美術部だったんだよ、実は」石川は得意げに胸を張った。「高校の頃。副部長までやった。卒業制作は『漁港の朝焼け』で校長賞取ったんだぜ!」

「へぇ〜知らなかった!石川って絵も上手いんだね!」千葉は素直に感心していた。千葉はまだパジャマ姿だったが、すでにスケッチブックを手に持ち、準備万端といった様子だった。

「そういえば、キミも美術部っぽいね、千葉くん」石川は千葉の姿勢やマグロの頭への視線の向け方を見て言った。

「え?いや、俺は美術部じゃなかったよ。でも小さい頃から絵を描くのが好きで。地元の絵画教室にも通ってた。今でも暇があれば風景スケッチしてるかな」

「なるほど、だからキャンプのたびにスケッチブック持ってきてたのか」石川が納得した。

「じゃあ、まずは場所を確保しよう!」石川は周囲を見回し、湖が見渡せる小高い場所を指差した。「あそこにしよう!景色もいいし、マグロの頭を置く台にもなる石があるぜ」

「あそこかぁ…」富山は少し渋い表情を見せた。「私、テントの横じゃダメ?」

「ダメダメ!アートは景色と一体になってこそ輝くんだ!」石川は胸を張った。

三人はマグロの頭とスケッチブック、絵の具セット、参考書を持って小高い丘に移動した。富山は不満げな顔をしながらも、不思議と足取りは軽かった。

石川はマグロの頭を大きな平らな岩の上に置いた。マグロの頭が朝日に照らされ、まるで舞台上の主役のように輝いて見えた。

「んじゃ、みんな好きな画風選んで、いざ勝負!」

千葉は『ゴッホの描き方』を手に取り、「僕、これにする!渦巻き模様のヒマワリの絵が好きなんだ」と言って早速参考書を開いた。「ごめん、まずパジャマ着替えてくる!」と言いながらもテントに駆け戻る様子はなかった。

富山は「私はモネかな…水辺の印象派って感じで」とため息交じりに言いながらも、少し興味が湧いてきた様子だった。彼女はポケットから小さな眼鏡ケースを取り出し、芸術鑑賞用の眼鏡をかけた。

「おお!富山、そんな眼鏡持ってたんだ!」石川が驚いた。

「え?ああ、これ…美術館行くときのやつ…」富山は少し照れた様子だった。

「俺はピカソ!キュビズムでマグロを解体して描くぜ!」石川は意気揚々と宣言した。腰に巻いていたタオルをターバンのように頭に巻き直し、いかにも芸術家然とした佇まいになった。

彼らがスケッチブックを広げ始めたとき、近くのテントサイトから子供連れの家族がやってきた。

「あれ、なにしてるの?」小学生くらいの男の子が興味津々で声をかけてきた。男の子は緑のTシャツに短パン姿で、首にはプラスチック製の双眼鏡をぶら下げていた。

石川は「マグロの頭をデッサンしてるんだ!やりたい?」と即座に返答。

「えっ!?いいの?」男の子の瞳が輝いた。肩越しには、妹らしき小さな女の子も好奇心いっぱいの視線を向けていた。

「もちろん!みんなでやると楽しいに決まってる!『どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなる!』だろ?」千葉も快く同意した。彼はすでに画用紙に黄色と青の渦巻き模様を描き始めていた。

「石川、絵の具も人数分あるの?」富山が心配そうに尋ねた。

「大丈夫、大丈夫!俺、いつも多めに持ってくるから」石川はリュックから追加の画材セットを取り出した。「学校の美術室みたいに、みんなでシェアしよう!」

富山は「あの、すみません、勝手に…」と親御さんに謝りかけたが、親御さんも「面白そうですね!子供も絵を描くの好きなんです」と乗り気だった。「実は私も休日は水彩画を描くのが趣味で…」と話すうちに、すぐに打ち解けた様子だった。

「じゃあ、あなたはどんな画風で描きますか?」富山は親しげに話しかけた。

「私は…そうですね、フリーダ・カーロの色彩感覚が好きなんです」お母さんが答えた。

「こちらにちょうどフリーダの本がありますよ!」石川が本を差し出した。

それからというもの、キャンプ場のあちこちから人が集まってきて、気づけば十数人の即席デッサン大会に発展していた。年配のカップルはモンドリアン風の幾何学的な抽象画に挑戦し、大学生グループはダリの超現実主義風にマグロが溶けていく様子を描いていた。


「私、マグロの目の部分がうまく描けないわ…」富山が困った様子で鉛筆を転がしていた。

「ゴッホ風なら、目を渦巻き状にしてみては?」千葉が隣からアドバイスした。彼はすでに画用紙の半分を鮮やかな色彩の渦で埋め尽くしていた。

「でも私はモネ風だから…」

「それなら!」石川が飛んできた。「目を描かなくても、光の反射だけで表現してみたら?モネって、形より光の印象を大事にしてたでしょ?」

「なるほど!」富山は目を輝かせた。「ありがとう、石川」

「へへ、俺も美術の時間はいつも100点だったんだぜ!」

「それはウソでしょ」富山は笑った。「あなたの成績表、こっそり見たことあるけど、美術は82点だったわよ」

「なんで知ってんだよ!」石川が驚いた。

「高校の時、学級委員だったから。先生の手伝いで成績表配ったのよ」

「まさか富山に成績をバラされるとは…」石川はわざとらしく膝から崩れ落ちた。

その光景を見ていた子供たちが声を上げて笑った。和やかな雰囲気の中、デッサン大会は続いていった。

石川はピカソのキュビズム風に、マグロの頭を様々な角度から描いていった。「マグロを四次元で表現する…」と呟きながら、時にはスケッチブックを回転させ、時には逆さまにして描く姿は、まるでパフォーマンスアートのようだった。

石川の横では、千葉がゴッホ風の力強いタッチでマグロを描いていた。彼はマグロの表面に反射する光を星のように表現し、まるで『星月夜』の魚版とも言える作品を生み出しつつあった。

富山は湖畔に腰を下ろし、モネ風の柔らかなタッチで水面に映るマグロの頭を描いていた。青と緑の微妙な色彩の変化が、水の揺らぎを美しく表現していた。

「よーし、時間です!みんな作品を見せ合いましょう!」石川がタイマーを止めた。2時間があっという間に過ぎていた。「最初は僕たち三人から!」

まず千葉の作品が披露された。

「うわっ!すごい!」皆から歓声が上がった。

マグロの頭が激しい筆致と渦を巻くような線で表現されており、目の部分は特に強調され、どこかゴッホの『星月夜』を思わせる仕上がりだった。マグロの鱗一つ一つが小さな渦となり、全体として大きな流れを形成していた。青と黄色の対比が鮮やかで、まるでマグロが夜空で踊っているような幻想的な雰囲気だった。

「なんか、途中からマグロが語りかけてくる感じがしてさ…」千葉は照れくさそうに説明した。「マグロの魂みたいなものを表現したかったんだ」

「深いな〜」石川は本気で感心した。

「これは…本物のゴッホを見ているような…」と年配の女性が感嘆の声を上げた。

次は石川の作品。

一目見て皆が「えっ!?」と声を上げた。マグロの頭が何十もの幾何学的な断片に分解され、それぞれが違う角度から見たようにバラバラに再構成されていた。目は三つあり、エラはまるで楽器のように変形していた。平面と立体が入り混じり、視点がコロコロと変わる不思議な空間が広がっていた。

「ピカソ風キュビズム!マグロを四次元で表現してみた。この線はマグロの過去、この面は未来を表してるんだ」石川は得意げに説明した。まるで美術館の学芸員のような口調だった。

「なんか…怖い…」小さな女の子が正直な感想を言った。

「芸術は時に恐怖を与えるものなんだよ」石川は真面目くさって答えた。「でも、その恐怖の向こう側に美がある」

「なるほど!」女の子のお父さんが感心したように頷いた。「ピカソの『ゲルニカ』のような、混沌の中の秩序、秩序の中の混沌を感じますね」

「おっ!わかってる!」石川は握手を求めた。

続いて富山の作品。

「わぁ、きれい!」歓声が上がった。

湖面に反射する光の中にマグロの頭が浮かんでいるような、幻想的な水彩画だった。色彩が美しく、印象派らしい柔らかなタッチで描かれていた。マグロの形は輪郭だけがぼんやりと示されるだけで、むしろ周囲の水面や空の色彩変化に焦点が当てられていた。見る者に静けさと穏やかな気持ちを与える作品だった。

「えへへ、美術部だったの、実は私も」富山は少し照れながら明かした。「大学でも副専攻で美術史取ってたんだ」

「なんで言わなかったんだよ!」石川が驚いた。

「だって、毎回あなたの突飛なキャンプに付き合わされてるのに、それに乗っかったら調子に乗るでしょ」富山は肩をすくめた。「でも、今回のアイデアは…悪くないかも」

石川はニコニコしながら胸を張った。「でしょ!」

集まった他のキャンパーたちの作品も実に様々だった。ダリ風の溶けたマグロ、浮世絵風の波とマグロ、アンディ・ウォーホル風のポップアートマグロ…。中には小さな子供のクレヨン画もあり、単純だが力強いタッチでマグロの生命力を表現していた。

「あのね、マグロさんね、海の王様なの!」と女の子は説明した。彼女の絵の中では、マグロの頭に王冠が乗せられていた。

「素晴らしい発想だね!」石川は本気で感心した。

マグロの頭を中心に、輪になって座った人々は次々と自分の作品を披露し、拍手を送り合った。思い思いの画風、色彩、テーマで描かれたマグロの頭は、一つのモチーフから無限の表現が生まれることを示していた。グロ…。中には小さな子供のクレヨン画もあり、単純だが力強いタッチでマグロの生命力を表現していた。

「みんな上手すぎる!こんなに盛り上がるとは思わなかった!」石川は大満足の様子だった。

「あの…」集まった家族の一人のお父さんが声をかけてきた。「せっかくなので、このマグロの頭、調理してみませんか?兜焼きっていうのが有名なんですが」

石川、千葉、富山は顔を見合わせた。

「兜焼き?」

「はい、マグロの頭の肉をホイルで包んで焼くと、ほほ肉とかが絶品なんですよ」お父さんは説明した。「キャンプの醍醐味でもありますし」

「お、それいいね!」千葉はすぐに賛同した。

「芸術鑑賞の後の芸術的な食事か…」石川も乗り気になった。

富山は「モデルを食べるなんて…」と言いかけたが、「でも確かに、せっかくだし無駄にはしたくないよね」と考えを改めた。


「マグロの兜って言っても、実はいろんな部位があるんですよ」料理人のお父さんは説明しながら、手際よくマグロの頭を捌いていった。「ほほ肉、目の裏の肉、カマ、頬の部分…」

集まった人々は料理の様子を興味深く見守っていた。デッサン大会に参加した人たちは、今度は料理人の手さばきを観察している。

「なるほど!マグロの頭も、見る角度によってこんなに違って見えるんですね」石川が感心した。「まさに芸術的!」

料理人はマグロから取り出した肉を丁寧に切り分け、塩コショウとオリーブオイルで味付けした。

「基本は塩コショウだけでシンプルに。でも、このカマの部分は少しガーリックを効かせましょう」

富山は「私もお手伝いします」と言って、サイドディッシュのサラダ作りを担当することになった。千葉はアルミホイルを広げて肉を包む作業を手伝った。石川は料理人から火加減のコツを教わっていた。

「マグロの兜、火加減が超重要なんです。熱過ぎても生焼けでもダメ。このタイミングが絶妙なんですよ」

夕暮れ時、キャンプ場の中央にある共同バーベキュースペースでは、大きな炭火の上にアルミホイルで包まれたマグロの頭のパーツが並べられていた。炭火からは時折パチパチという音が聞こえ、包みの中からは芳ばしい香りが漂い始めていた。

「あれ、この大きなホイルは何が入っているの?」千葉が尋ねた。

「これは特別な部位です。マグロの中でも最高の部分。目の裏の肉ですよ」料理人は自信満々に答えた。

「目の裏?食べられるの?」石川が驚いた。

「ええ、とても柔らかくて、脂が乗っていて…」料理人は陶酔するような表情で言葉を選んだ。「言葉では表現できないほどの味わいです」

アルミホイルで包まれた肉の塊がジュージューと音を立てる中、皆の期待は高まるばかりだった。

「もうすぐ食べ頃ですよ!」料理人がホイルをひとつ開けた。

「うわ〜!」集まった人々から歓声が上がった。

ジュワッと音を立てながら、柔らかそうな白い身が現れた。湯気と共に立ち上る香りに、皆の腹がグゥと鳴った。

石川が一口食べて「うまっ!なにこれ、とろける!」と叫んだ。「マグロのほほ肉って、これほど美味いものだったのか!」

「これは確かに絶品ですね…」富山も感激した様子で口に運んだ。「今までのキャンプ飯で一番かも」

次々とマグロの部位が焼き上がり、皆で分け合った。子供たちも「おいしい!」と喜んで食べていた。特に目の裏の肉は、その濃厚な旨味に皆が感嘆の声を上げた。

「このトロトロの食感、まるでフォアグラみたい!」誰かが言った。

料理人は「マグロの頭は本当に宝箱なんです。スーパーで見るマグロの切り身だけが全てではないんですよ」と嬉しそうに話した。

食事の間、デッサン大会の作品は木に吊るされ、即席のギャラリーとなっていた。夕日に照らされた作品群は、なんとも言えない雰囲気を醸し出していた。食事とアートが融合した、特別な時間が流れていた。

「なぁ」千葉が石川に声をかけた。「これって、美術と料理が融合した最高のキャンプじゃない?」

石川は満足げに頷いた。「『奇抜でグレートなキャンプ』のコンセプト通りだな!」

富山もほほ肉を頬張りながら「たまには、石川の突飛なアイデアも悪くないかも」とつぶやいた。

「実は、私もね」富山は少し照れながら続けた。「ずっと言えなかったけど、石川のキャンプ、楽しみにしてたんだ。毎回なにかやらかすから」

「えっ、マジで?」石川は驚いた。

「だって、日常じゃ絶対できない体験ばっかりじゃない。今日だって、美術館でもないのにマグロの頭デッサンして、最後には絶品料理まで食べられるなんて」

「私も!」千葉も同意した。「石川のキャンプは、いつも予想外で面白い!」

「お前ら…」石川は感激した様子で、二人の肩を抱いた。「ありがとうな。実は俺、毎回どうしようかって必死に考えてるんだよ。みんなを楽しませたくて」

「それは伝わってるよ」千葉が笑った。

夜になり、キャンプファイヤーを囲んで座った三人。石川はクーラーボックスから缶ビールを取り出し、三人で乾杯した。

「今日のグレートなキャンプ、大成功!」石川が誇らしげに言った。

「うん、マグロの頭デッサンと兜焼き、最高だった!」千葉も笑顔で応えた。

「次は何するの?」富山が少し心配そうに尋ねた。「また変なもの持ってこないでしょうね?」

石川はニヤリと笑った。「次回の『俺達のグレートなキャンプ』ではな…」

「ちょっと待って、先に言っておくけど、生き物は連れてこないでよ!前に蛍集めたときは大変だったんだから」富山は真剣な表情で釘を刺した。

「それに、危険なものもダメだよ」千葉も珍しく注意した。「『秘境の滝壺探検』のときは本当に怖かった」

「わかってるって!」石川は両手を上げた。「次は…芸術の秋だし…」

「ああ、また始まった」富山はため息をついた。

「窯を作って陶芸キャンプはどうだ?」石川はスマホを取り出し、メモを見せた。「実は、粘土と簡易窯の作り方、調べておいたんだ」

「えっ!それは面白そう!」千葉の目が輝いた。

「本格的な窯を野外で?」富山は懐疑的だった。「火事にならない?」

「大丈夫、ちゃんと管理人さんの許可も取ってあるんだ」石川は得意げに言った。「湖畔で粘土こねて、夕焼けを見ながら自分たちの器で晩酌…最高じゃない?」

「それは…確かに素敵かも」富山も想像して微笑んだ。

「お願いだから、今度は普通のキャンプにしてよ!」富山は冗談めかして叫んだが、目は既に次回の陶芸キャンプを楽しみにしている様子だった。

千葉だけは「どんなキャンプになるのか楽しみだなぁ」と素直に目を輝かせていた。

二人が話し込む中、石川はそっと立ち上がり、キャンプファイヤーから少し離れた場所へ歩いていった。彼は空を見上げ、今日のキャンプを振り返っていた。

「やっぱり、今日は大成功だったな…」

星空の下、彼の周りには他のキャンパーたちも思い思いの時間を過ごしていた。デッサン大会と兜焼きパーティーを通じて、初対面だった人々が仲良くなり、会話が弾んでいる。子供たちは、マグロの絵を手に誇らしげに親に見せていた。

「石川さん」背後から料理人の声がした。「これ、よかったら」

手渡されたのは、紙に包まれた小さな包みだった。

「マグロの目玉です。酒のつまみにどうぞ。焼いてもいいですし、刺身でも」

「え、目玉も食べられるんですか?」石川は驚いた。

「ええ、目玉の周りの脂は絶品ですよ。明日の朝、軽く炙って食べるのがおすすめです」

「ありがとうございます!」石川は感謝して受け取った。

キャンプファイヤーに戻った石川は、二人に目玉の話をして驚かせた。

「マグロって、本当に全部使えるんだな」千葉が感心した。

夜も更けて、三人は星空の下でビールを飲みながら語り合った。話題は次第に学生時代の思い出や、初めてのキャンプの失敗談、そして将来の夢へと広がっていった。

「石川は昔から絵が上手かったよね」千葉が言った。「覚えてる?高校の文化祭で、君が描いた巨大壁画」

「ああ、あれか!」石川は懐かしそうに笑った。「実は、あの頃から『いつか自然の中で芸術活動がしたい』って思ってたんだ」

「そうだったんだ…」富山は新たな発見をしたような表情だった。「だから今日のマグロデッサンも…」

「うん、長年の夢だったんだよ」石川はビールを一口飲んだ。「みんなで描くと、もっと楽しいってね」

満天の星空の下、三人の友情は一層深まっていった。

マグロの頭は最後まで美味しくいただかれ、残った骨は翌朝、石川が「自然に還そう」と言って、湖の真ん中で水葬した。

「マグロさん、いい絵のモデルになってくれてありがとう!いい食事にもなってくれて感謝してるよ。これからは魚の世界で幸せに…って、もともと魚だけど」

千葉と富山は軽トラに荷物を積み込みながら、そんな石川の独り言を聞いて顔を見合わせ、くすりと笑った。

「石川って、本当に変わってるよね」富山がささやいた。

「そうだね。でも、そんな石川がいるから、こんな素敵な思い出ができるんだよ」千葉は答えた。

三人が軽トラに乗り込み、キャンプ場を後にする時、富山はふと言った。

「ねえ、私たちのキャンプの記録、いつか本にしない?『俺達のグレートなキャンプ』って」

「それいいな!各話ごとに、今日みたいな変わったことをして…」千葉が興奮した。

「よし!決まりだな!」石川がハンドルを握りしめた。「次回は『俺達のグレートなキャンプ32 湖畔の陶芸教室』だ!」

川のせせらぎと共に、また一つ、グレートなキャンプの思い出が彼らの心に刻まれたのだった。

(おわり)

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『俺達のグレートなキャンプ31 マグロの頭デッサン』 海山純平 @umiyama117

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