第3章 part5 解析

《聖堂内 メインホール》


「ははははは!ぎゃはははは!」


 聖堂の中心、吹き抜けの広間には、狂気の笑い声が響き渡っていた。その声と同時に、周囲の柱や天井、聖堂内の装飾品は次々と破壊され、瓦礫となって床を転がる。


「……煩い奴だ……」


 カゲハは低く呟くと、瞬時に走る閃光を躱し、さらに直撃しそうな光線には愛刀の刃を弾ませて応じる。


だが、その速度は凄まじく、一秒の間に五十発以上の閃光が四方八方から射出されていた。


 もし先ほどの狭い部屋であれば、その光線はカゲハを正確に捕らえ、回避の余地など残らなかっただろう。


しかし、この広いホールならば、カゲハの機動力の方が勝っていた。


「ははははは!やるでないか!こんな戦い、千年ぶりかもしれんなー!」


 狂ったように笑い続ける老人。その顔には次第に生気が戻り、むしろその姿は異様な活力に満ちていく。


そしてその外見も徐々に異形のそれへと変貌していくのが分かった。肌は灰褐色に染まり、骨ばった四肢が伸び、背後には不気味に口を開く異界の裂け目が生じ始める。


 一旦、光の攻撃が止む。カゲハは素早く壁の陰に張り付き、次の攻撃を警戒する。


「強い人よ。お主は“光の者”の血を引く者か?」


 そう問いかける老人の背後には、異様な空間の割れ目が浮かび上がっていた。そこからは蠢く白銀の甲虫のようなものが這い出し、老人の身体へとまとわりついていく。


「……全く関係ないね」


 カゲハは無感情にそう返し、クインズアームズの起動と共に、自身に装甲を展開する。


淡い紫の結界が、薄膜のようにカゲハを覆った。


「光を感じぬが、強さはある。外にいる蟲どもも、死蜂の如く獰猛だな」


 その言葉で、カゲハはセルヒオやレイたちが外で激戦を繰り広げ、善戦していることを即座に察する。


「魔の力を要さぬ、あるのは魂の根源たる導き。儂は、長きにわたり“光の者”による阻害を解き続けてきた」


 老人は狂気に満ちた声で語りながら、さらに異界の門を開く。


そこから溢れ出した無数の白銀の甲虫は、光の粒子を纏い、蠢きながら老人の体へと溶け込んでいく。


「既にこの世界の“光”の抽出は終わった。あとは“型”へ我らを流し込み、この次元を呑み込むだけよ」


 顔だけはまだ老人のままだったが、その他の体躯は既に蟲の異形と化し、異様な存在感を放っていた。


 カゲハは黙して聞き流していたわけではない。既に光の攻撃の解析は完了し、次元干渉と思しき能力への対抗策――【対界封印】の術式を込めた魔導銃を転送済みである。


「我らを崇めるのだ、黒き人よ。我らこそが【飢餓神レ=イリス】千年ぶりに顕現した我らを、その主たちはどうする?」


 レ=イリスと名乗る異形の老人の周囲には、百を超える異界の裂け目と、そこから覗く無数の蟲の目が蠢いていた。


 次の瞬間、再び眩い光の奔流がカゲハを襲う。それはもはや単なる光線ではない。


異形の集合体とも言うべきレ=イリスたちの禍々しい姿と対照的に、聖の魔力粒子が凝縮した光の塊は、敵の不気味さを一層際立たせるものだった。


 回避の隙すら与えず、マシンガンのように降り注ぐ光弾。その余波だけで、周囲の空間すら歪み、壁を砕く衝撃波が走る。


「……くっくっく、その肉、惜しみなく使ってやろう」


 勝利の余韻に浸っていたレ=イリスの顔面を、一発の弾丸が貫いた。


「……お喋りな神だが、我らの“神”とは似ても似つかぬ弱さだな」


 土煙の中、カゲハは大型の魔銃を構え、悠然と歩み出る。


「まだ死なないだろ? 第二ラウンドをしようじゃないか」


「貴様……!」


 怒りに歪む異形の顔。


「治りが遅いな。それにな――もうその能力みたいなのは、よくわかった」


 カゲハはもう片手に持った刀を見せ、その刃の輝きを見せつける。


「考えなく打ち込んでくれたおかげで、その光とお前の特性は充分に解析できた。クインズアームズの応用もね。これが隊員たちに見せられたらな……」



「ギギギギギ……!」


 レ=イリスの周囲に無数の次元の裂け目が浮かび、その隙間から赤い目を光らせた蟲たちが蠢き、甲高い声で騒ぎ立てている。


「……うるさい」


 カゲハは淡々と呟き、次元の裂け目に向けて対界封印の術式を宿した弾丸を撃ち放つ。


 弾丸が命中した瞬間、裂け目は糸で縫われるようにギリギリと軋みながら閉じていった。


「……やはり効果はあるか。だがどうせ、まだ何か隠し持っているんだろう?すべて解析してやるさ」


「人間風情が……」


 レ=イリスは怒気を含んだ表情で睨みつけ、次の瞬間、飛びかかってくる。


(ここにきて接近戦……?)


 カゲハは即座に構え直す。

 異形と化したレ=イリスの蟲のような鎌の腕が振り上げられる。それをカゲハは素早く身を捻り、紙一重でかわした。


「!」


 振り上げた鎌の軌跡に次元の穴が穿たれ、その奥に潜む無数の赤い目が、鋭い閃光を放つ。

 カゲハは刀を振るい、閃光を弾き返しながら、開いた穴へ再び封印弾を撃ち込む。

 そうした攻防が、瞬きする間もなく幾度も繰り返された。


(手数が足りないな……)


 おそらくこの閃光に直撃しても致命傷には至らないだろう。だが先程の連続照射を《クインズアームズ》を盾のように変形させ防いだ際、半分以上を削られてしまっていた。


 今や異形と化したレ=イリスは、その怪物じみた6本の腕を駆使し、物理と閃光を組み合わせた波状攻撃を容赦なく浴びせてくる。


 カゲハは宙を舞い、地を駆け、わずかな隙を縫って反撃を試みるも、猛烈な攻勢により容易には隙を作れない。


だが、そんなカゲハ劣勢の最中、レ=イリスの耳元での衝撃音が鳴った。


 ――ズカン!


 突如、鋭い衝撃音とともに、レ=イリスの腕の一本が千切れ飛んだ。


「な……!」


 カゲハが口元に僅かな笑みを浮かべる。


「やはり、《クインズアームズ》の応用力は素晴らしいな」


 怒りに唸るレ=イリス。痛覚のない蟲の体はすぐさま腕を再生させ、再び襲いかかる。


 しかし、今度は次元の裂け目が開いた瞬間、即座に封印術式の弾丸が撃ち込まれ、隙間が瞬時に縫い塞がれていく。閃光すら放つ暇がない。


 レ=イリスは異様な光景を目の当たりにする。

 カゲハの装備の一部がパージされ、彼の周囲を自在に巡回しているのだ。


 そしてカゲハが引き金を引けば、弾丸はその装甲に反射し、跳弾として正確にレ=イリスを狙い撃つ。



 さらに宙を舞うカゲハ自身は、その俊敏な動きであらゆる攻撃を避け、封印弾を次々に撃ち込んでいく。


 レ=イリスの怒りは頂点に達した。


「オノレェェェ!!」


 叫び声とともに6本の腕を振り上げ、周囲一帯に次元の裂け目を展開。

 だが、その刹那をカゲハは見逃さなかった。


 カゲハは一気に懐へと飛び込み、レ=イリスの顎の下へ銃口を突きつける。


「さすがに、これなら効くだろう?」


 そう呟き、引き金を引いた。


 発射されたのは、《対界封印》の術式を複雑に刻み込まれた魔銃の弾丸。

 この術式弾はマシンガンのような連射こそできないが、その分口径を極限まで上げ、貫通力と封印効果を両立させたものだ。


 顎の下から脳天を貫く形で、連続して16発の封印弾が撃ち込まれた。

 レ=イリスの頭部は粉々に砕け散り、その身体が力なく崩れ落ちる。


「ふぅ……。神の割には、随分と呆気ないものだな」


 血に濡れた顔を拭い、勝利を確信したカゲハ。

 しかし――


「……っ!?」


 ふと視線を上げた先に、極大の次元の裂け目が生じていた。

 あまりの異常事態に、カゲハが魔銃を構え直すのが僅かに遅れる。


「しまった……!」


 裂け目から現れたのは、異様に肥大化した蟲の腕。



 それはカゲハの立つメインホールごと、まるで玩具のように吹き飛ばしたのだった。

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