第0章 プロローグ2 津秋 ユイ


 遥か昔――正確な年代を記す者もおらず、記録も定かではない。


 だが、今なおこの魔歴において語り継がれる一つの国家があった。


 その国の名は【神国】


 他の諸国とはまったく異なる文化と技術体系、そして独自の思想を持ち、この世界において孤高の地位を築き上げた国である。


 人々の営みや価値観こそ他国の民と大きく違わぬものの、根幹を成す技術と政治体制は遥かに高度なものであった。


 文明の発展は他国の三世代先を行き、既存の常識では到底実現不可能とされる事象すら、この国にとっては日常の営みの一部に過ぎない。


 そして、この神国の最大の特徴は、【四女王制】という特異な国家運営体制にある。


 この国を治めるは、四柱の“女王”。


【人 女王】

 万民の心を読み、理解し、慈しみ、寄り添う存在。人々の魂を癒やし、その心の機微を掌握する。


【獣 女王】

 この地に生きる全ての動植物、森羅万象の命を統べ、自然と共に国を護り、育む存在。


【真 女王】

 規律と誇り、国の誓約と掟を定め、正しき道を示す者。法と秩序の象徴。


【神 女王】

 この国の頂点に君臨し、すべての女王を束ねる絶対者。国家そのものであり、神意の代弁者。


 民はその四柱の女王を崇め、従い、国の一部として生きることを誇りとし、疑念を抱く者は存在しない。


 なぜなら、それがこの世界の“絶対的正義”と信じられているからだ。


「女王のために生き、女王のために国を発展させる」


 それこそが、この国に生きる者たちの幸福であり、命の意味であった。



 だが、この絶対的な繁栄が、常に平穏無事に築かれたわけではない。


 幾度となく、周辺の諸国が侵略を試みた歴史があったのだ。


 例えば、かつてこの世界の西方を治める大国連盟【エウロパ連合】が、魔歴1947年頃に神国へ侵攻を仕掛けたことがある。


 だが、この侵攻は死者一人も出すことなく完全に阻止され、神国の圧倒的な防衛力を、世界の全土に知らしめる結果となった。


 それ以降、この国の入国審査は徹底的に強化されることとなる。


 特に【人 女王】による“心読審査”は絶対の掟として受け継がれ、神国への入国は年に数回の特例を除き、極めて厳しく制限された。


 入国希望者には“女王審査制”と呼ばれる過酷な選考試験が課せられ、合格を勝ち取れる者は、世界の中でもごく僅かに過ぎない。




「……ねえ」


 淡く透き通る声が部屋に響いた。

 そこは、神国から遥か東方に浮かぶ孤島国【ヤマト】


 かつてこの地も、神国との古よりの繋がりを持つとされ、神国との交流する唯一の国として知られている。


 机に突っ伏していた一人の少女が声に反応する。


「悠衣ってば」


 その声に、ページをめくる手を止め、ゆっくりと顔を上げたのは、長い黒髪と大きな瞳を持つ少女。


 名を【津秋 ユイ】という。年若きヤマトの学生であり、神国への留学許可を勝ち取った稀有な存在。


「聞いてんの?」


 苛立ったように詰め寄るのは、同じ制服を着た少女。名を【舞】といった。


何度も声をかけてはいるが、悠衣は極限の集中力により舞の声が聞こえていない様であった。


「おい!ばか悠衣!ばか!」


「妹からの暴言……傷ついているんですが」


 ついに本を胸元に抱え、悠衣は恨めしげな視線を向ける。


「その本、何度読んでるの?審査通ったって、次の心読審査で落とされるかもしれないんだよ?」


「予習に終わりなんてないの。何度でも目を通して、完璧に備えなきゃ!」


「……ていうか、それもう審査に行くことが目的になってない?」


 舞が呆れたようにそう呟いた瞬間、悠衣の瞳が見開かれた。まるで“カッ”と効果音が響きそうな勢いで。


「それが目的なの!」


 舞は小さく「ヤベッ」と呟く。


「この審査で【人 女王】様に会えるんだよ!? それは私の、小さな、頃の、夢、なの!

 舞にはわからないよね、この尊さ!

 あんな方がこの世に存在するなんて、本当に信じられない! あぁ……【人 女王】様ぁ……」


 悠衣は顔を赤らめ、両手で頬を覆い、うっとりとした表情を浮かべる。


 それを、舞はまるで腐ったものでも見るかのような目で見つめた。


「我が姉ながら、人間としてドン引きだわ……」


 そして舞もまた、黙って本を手に取る。もはや会話は終わったらしい。




 津秋 悠衣(つあき ゆい)

 十六歳。孤島国ヤマトに生きる少女。


 この春、神国への留学許可を得た数少ない一人。

 ミカドは神国に最も近いと言われる地であり、唯一の国家とされてきた。


 その縁から、神国の留学希望者も多いが、実際に入国を許される者は極めて稀。


 悠衣は後に控えた“女王審査制”の入国試験に向け、日々準備を重ねているのだった。

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