第3章 part2 残骸
ユーガ国の北東に位置する、かつて大戦の激戦地となった広大な砂漠地帯。
その荒涼とした戦場跡地に、一人の青年が佇んでいた。黒ずくめの戦闘服に身を包み、肩から腰にかけて長いロープを何重にも巻き付けている。
名はカゲハ。彼は鴉部隊の隊長として、この地で行方不明となった旅客機の捜索任務にあたっていた。
周囲はただ一面、黄金色の砂が果てしなく広がり、吹きすさぶ風が砂煙を巻き上げる。
地平線の彼方まで遮るものはなく、時折戦の名残である錆びついた兵器の残骸が顔を覗かせるのみ。
カゲハは軽く息を吐き、掌をかざして探知魔法を発動させた。魔力を練り上げ、目には見えぬ探知の波が地面の奥深くへと広がってゆく。
「……見つけたぞ」
小さく呟いたその声に、カゲハの肩に止まる鳥型の魔導人形が鋭く反応した。
名をハシボソ。その操縦者は遠隔地の神国から通信を通じて作戦を支援するレイという女性である。
小型の“鴉”と呼ばれるその魔導人形は、まるで生きた鳥のように翼を動かしながら喜びの声を上げた。
『カゲハ、でかした!』
しかし、発見されたのは目的の人員ではなく、砂漠の奥深くに半ば埋もれるようにして横たわる旅客機の残骸だった。
カゲハは眉をひそめ、その場の状況を冷静に分析する。
「だが、これはただの旅客機の残骸だ。中には誰もいない」
『……まあ、なんとなくそんな気はしてたけどね。また砂漠を探し回るのかぁ』
ハシボソは残念そうに翼を垂らし、どこか気落ちした声を発する。
カゲハは通信魔導具を手に取ると、開閉スイッチを押し、仲間たちに連絡を取った。
「こちらカゲハ。旅客機を発見した。ただし、砂の奥深くに沈んでいる。誰か《地形変革》の魔法を扱える者はいないか?」
すぐさま返答したのは、フリントだった。
「隊長。この部隊に、旅客機ほどの巨大構造物を掘り起こせる土魔法使いはいません」
それに続けて、軽口を叩くようにミランダが口を開く。
「隊長くらいですよ、そんな無茶できる魔力持ちは」
カゲハは一考した後、ミランダの方へ視線を向けた。
「だが、ミランダ。お前は風魔法が得意だったはずだ。ならば飛行機の周囲の砂を吹き飛ばせばいい」
「いや、だから無理ですって!どんだけ無茶振りなんですか」
呆れたように肩をすくめるミランダ。カゲハは意に介さず、次の策を口にした。
「ならば、セルヒオ。しょうがない、お前が潜って引っ張り出せ」
「あいよ」
隣にいた巨躯の男セルヒオが陽気に返事をし、そのまま砂地に身を沈めていく。まるで水面を泳ぐかのように、彼の身体は地面の中へと音もなく吸い込まれていった。
ミランダはその様子を見届けながら、身震いしつつカゲハに尋ねる。
「……隊長、ちなみにどのくらいの深さに埋まってたんですか?」
「およそ100メートルだな。この特殊な砂の影響で発見が遅れた」
「普通の人間なら圧死しますよ、それ……」
ミランダは呆れたように呟きつつ、セルヒオが吸い込まれていった辺りをじっと見つめる。
やがて、地面がわずかに揺れ始める。しばらくすると砂が渦を巻き、地響きを伴って大きな穴が口を開け、旅客機の一部と見られる白い羽根のような構造物が顔を覗かせた。
「ぶはっ」
その横から、水面を破るようにセルヒオの上半身が勢いよく現れる。
「よーいしょっ」
彼は旅客機の内部に腕を差し入れ、中の骨組みとなるパーツをがっしりと掴むと、ぐいと引き寄せた。そのまま巨大な残骸を引きずりながら、砂のクレーターを一歩、また一歩と登っていく。
「……なんで登れてるんですか」
「装備してる靴が、砂地でも通常歩行できる魔導具だからな」
「で、それで旅客機も引きずれるんですか」
ミランダは半ば呆れながら問いかける。
やがて、セルヒオが旅客機の残骸を地上に引きずり上げ、その姿を見た隊員たちは絶句した。一人の人間が、信じられない重量の巨大旅客機を引きずっているのだ。
『きもいなぁ』
ハシボソ──正確にはレイが遠隔操作する小型の“鴉”が、カゲハの肩の上からつぶやいた。
「よし、セルヒオ、よくやった」
「おう!いいトレーニングになったぜ!」
満面の笑みを浮かべ、セルヒオはガッツポーズを決める。それを見たハシボソはげんなりした様子でオエっと声を漏らした。
《旅客機内部》
操縦席に到着したカゲハは、様子を見て欲しいと言うミランダへ声をかけた。
「どうした」
「あ、隊長。これを見てください」
ミランダは操縦席のシートを指差したが、カゲハには最初、その意図が掴めなかった。
「……何のことだ?」
「よく見てください。この座面の部分です」
そう言いながらミランダは、自身の手から淡い魔力の光を放ち、指差した箇所を照らした。そこには確かに、小さな穴が空いていた。周囲の砂に紛れて目立たなかったが、光に照らされることでわずかに魔力の反応も確認できる。
「……なるほど。おそらく、これが墜落の直接原因か」
「はい。地上から極めて精密に、操縦士を狙い撃ちにした跡かと」
ミランダはさらに説明を続ける。
「おそらく、同様の穴がエンジン部分や、浮力制御用の魔力炉にもあるはずです」
「分かった。レイ、頼めるか」
『はーい♪』
肩にとまっていたハシボソの目が淡く光り、その瞬間、旅客機全体に探知魔法が展開された。
『確認したよ。エンジンルームに二つ、左右の翼に三つずつ。それと、魔力炉にも一箇所だけ異常を発見』
「やはりな……」
カゲハは小さく息を吐く。
「これは不時着させるのにギリギリの損傷を狙ったな。その後、人と荷物を奪い、機体だけ残して砂漠の底に沈めた、という流れだ」
「ですが、魔導旅客機は高度一万メートルを維持する代物ですよ。それを地上から撃ち抜くなんて……」
ミランダは信じられないものを目の当たりにしたかのように、驚きと困惑を滲ませる。
「ああ、十中八九、かなり高性能な魔導兵器が使われている。シンリでさえ、こんな芸当は無理だな」
「えっ……隊長、シンリさんと戦ったことあるんですか? あの“女王信者隊長”と」
ミランダが意外そうな表情で問いかける。
「嫌でもな。あいつ、俺のこと嫌いだから、極秘任務で飛竜と戦わされた時、冗談抜きで殺されかけた」
「模擬戦で殺しにかかるとか、それも怖いですけど……それで生きてる隊長にも、私、ちょっとドン引きなんですけど」
『くくく……“女王信者隊長”って……ミランダちゃん、今の録音しといたからねぇ』
ハシボソが肩の上で楽しそうに笑い声をあげる。
「こ、こらレイ!それは消してください!」
ミランダは真っ赤になりながら、肩の上のハシボソの首を掴み、ぶんぶんと振り回す。
『グエェェ!こわ……れるぅ!』
必死に羽ばたきながら抵抗するハシボソ。やがてなんとか手から逃れたそれは、バサバサと羽音を立て、操縦席の周りを飛び回った。
「……静かにしろ。今、集中している」
カゲハは二人の騒ぎをよそに、操縦席に残る微かな魔力の痕跡を丹念に辿っていく。
その研ぎ澄まされた探知感覚は、どんなに微かな痕跡でも、どこまでも追っていける。
まず感じたのは魔力性質。
性質は放出型、属性は光と砂。
(……見えてきた)
カゲハの脳裏に、朧げながらその追っているものの本質を感覚的に鮮明化されていった。
魂の型は崩壊寸前の泥人形。
辿る軌跡の先に現れたのは、片足を引きずるように歩く亡者のような老人の姿。
白く濁った盲目の目を持ち、すべてを憎悪するような気配を纏っていた。
「……いたぞ」
カゲハはゆっくりと顔を上げ、旅客機の外を指差す。
「ここから北へ約100キロ。恐らく、こいつを撃ち落とした張本人だ」
『さすが隊長!それにしても、“千里眼”って、魔法なんですか?』
ハシボソが羽を広げ、首をかしげる。
「行くぞ」
『はーい!』
レイはすぐに操作盤を切り替え、遠隔で操っていたハシボソの制御から、別の操縦盤へと移行する。操作モードを「隠密」から「稼働」へと切り替えると、旅客機の上空から、今まで隠されていた機体がゆっくりと姿を現した。
ウィーンという駆動音と共に、光学迷彩を解除したのは、魔導駆動による大型ヘリコプター。風を巻き起こすはずのプロペラは、特殊な魔導処理によって風ひとつ起こすことなく、静かに回転している。
各地に散らばった隊員達は直様集まっていく。
広大な砂漠ながら、彼らは特殊な魔道具によりはぐれる事はなかった。
鴉部隊専用魔導ヘリ【メンフク】これは他国領内への侵入を目的に開発された、ステルス機能を備えた大型輸送ヘリ。
普段は決して姿を晒さないが、今はこの砂漠の中、仲間たちの救援と情報奪取のため、その姿を現した。
カゲハの指揮する鴉部隊、総勢十名は、次々とヘリのハッチへと乗り込んでいく。
熱砂の大地を越え、今、彼らは北の地を目指して飛び立つのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます