メイドカフェの館にて
「兄貴ー!課題が終わったから、付いてきたぞー!」
「尊、先程は何というか、まぁ、お疲れ様」
「凄い鮮烈な光景でした、とても」
駐輪場に入れた後、自らの自転車を踏み台とし、此方へ飛んできた。
押し潰されそうになりながらも、何とか抱えることに成功する。
勢いのまま、ぐるんぐるんと回転しスピードを殺しつつ、着地させる。
相変わらず、頭抜けた身体能力だ。
シンプルな膂力やスタミナ、パフォーマンスに限れば美月に軍配が上がるが、バランス感覚や吸収能力に限れば尊の方が優れている。
一を教えて十を知る、を体現するような人間だ。
ドリブルを教えた次の日は、オーバーヘッドシュートを決めている。
正直、スポーツで勝てる気がしない。
自分アンドロイドなのに。
「ところで尊、あの狼の人は?」
「知らない人だぞ」
「じゃあ本当に誰なんだ・・・?」
「念の為警察に連絡しておきましたので、これである程度は安心かと」
「グッド判断、深玲」
所謂、対異案件かと思ったので、一応先輩の方へ連絡はしておいた。
先輩は、何それ知らん怖、と言っていた。
分かんないだろ?
自分も分かんない。
まだまだ未熟な若輩者の目であるが、彼は対異案件では無いように思えた。
まぁつまり、ただのイカれた一般人の可能性が高いということだ。
怪異だったり悪魔の可能性もあるが、あんな大通りで白昼堂々告白する訳がない。
句鈴寺市名物の一般通過異常者だと考えた方が納得がいく。
あまり納得はしたく無いが。
「告白されたんだよね?」
「一生味噌汁を作ってやる、と言われたのだ」
「家庭的なタイプだったのですね」
「気持ち悪かっただぞ」
「でしょうね」
確かに我が妹である尊は、一目で惚れて、二目で堕ちて、三目で完全篭絡してしまう程にギネス級に可愛いが。
キューティー寄りのファム・ファタールではあるが。
告白する場は選んで欲しい。
それとも、一目惚れか?
だったら、花束を常日頃持ち合わせていると言うことになるぞ。
・・・・・ギリ居そうだ、そんな人間。
「ストーカーでしょうか?尊姉さん、何か心当たりは?」
「んー・・・・・。分かんない!だぞ!」
「そうかぁ」
じゃあ分かんないや。
情報もデータも無いし、これ以上の考察は妄想と同一だ。
無為な事は止めにして、今は件のメイドカフェだ。
よもやすると、数年振りの感動的再会が叶うかもしれないのだ。
全身がまきゅまきゅしてきた。
「メイドカフェ、楽しみだぞ!」
「あ、そう言えば尊には伝えてなかったんだったね」
「?」
自分もメイドカフェに関しては、道中で深玲に説明されたばかりなのだ。
尊が知る由も無い。
いや、別個の情報源から同様の噂を仕入れている可能性もあるが。
どうだろう。
「えぇと、簡潔に申し上げるならば、高萩さんが直ぐそこのメイドカフェで働いているという噂が———」
「え!?!?!?!?!?」
「エクスクラメーションマーク何個分かな?」
やはりと言うべきか、存じ上げなかったようだ。
噂話とか、都市伝説とか、そういうのに尊は弱いのだ。
ねぇねぇ知ってる、から始まる怪談話では、決まって尊は聞き手側だ
自分もそうだが、尊は時勢にいまいち乗り切れていない。
ニュースやらは兎も角、最近の若者言葉とか流行のファッションとか言われても、全然分かんない。
知らず知らずのトキシラズ。
アンテナクソ雑魚の二人なのだ、
一方、深玲は時代の流れを完全に乗りこなしている。
万事解決クソ強サーファー。
読モやからね。
そういう流行にはド敏感なのだ。
アンテナバリサンガールなのだ、深玲は。
「ハーギーと、ハーギーと逢えるのかだぞ!?」
「・・・・・確証はありませんが」
「わっはっはっ!分の悪い賭けは、学生の特権だぞ!出所が定かでない噂話なんて、ドンと来いだぞ!」
「単純賭博罪」
尊は渾名癖がある。
友人や知り合い、血縁関係がある人以外へやたらめったらに二つ目の名前を授ける。
あ、自分は血繋がってないんだった。
そしたらその内、付けられるかな。
菅木九郎だし、下の名前から取られるだろうから。
クロちゃん、とかかな。
サーカスしてそう。
「で、そのメイドカフェは何処にあるんだぞ?」
「この道を真っ直ぐ行きまして、二つ目の角を曲げって暫く歩くと、見えてくるはずです」
「店の名前は?」
「追憶カフェ:タカハギ、です」
「ファンタジー寄りのシリーズモノ文庫本?」
と言うより、と言うよりだ。
あからさま過ぎないか?
追憶カフェ:タカハギ、なんて。
匂わせも過ぎれば、鼻が麻痺するぞ。
言っちゃなんだが、こんなの億パー居るだろつ。
匂立つなぁ・・・・・。
「追憶カフェ、ねぇ」
「思い出すんだぞ、昔のキラキラした少女時代が・・・・・」
「懐かしいですね。六年前の丁度今頃でしょうか、高萩さんの誕生日にケーキを用意したことがありましたね」
「あぁ、尊が八割方作ったヤツだよね」
「えっへん、だぞ!」
そう、この銀河一可愛い妹である尊。
家事関係はほぼ無敵に近い。
総合家事戦闘力は高萩さんに限りなく近い。
何せ彼女、スプーン一匙飲むだけで、スープの味を完全再現することができるのだ。
それに料理上手がやりがちな、冷蔵庫の余り物でチャッと作れるヤツもできるのだ。
バリ尊敬~~~。
一応、自分もできないことも無いが、尊と比べると格段に劣る。
学生の調理実習と、老舗蕎麦屋の三代目、といった感じだ。
当然、此方が調理実習側だ。
蕎麦自体は作れない訳ではないが、どうしてもコシとツユの味付けが上手くいかない。
「あ、アチラですね。インターネットで既に外見は確認していましたが、こうして肉眼で見るとなると・・・・・」
「デカいのだ!」
「失礼ながら、メイドカフェというのはビルの二階辺りを間借りしているイメージが強くあったんだけど、これはまた」
大きくても、それこそ喫茶店サイズだと考えていた。
メイド喫茶とも言うくらいなのだから。
だと言うのに、眼前に在ったのはそんな生っちょろいものでは無かった。
マジモンの洋館。
誰かの豪邸かと見間違う程の本格派。
お嬢様が住んでいるようなイギリス風の館であった。
きゅるるんとした看板が掛けてあったから、辛うじてメイドカフェだと認識できた。
度が過ぎたアンバランスだ。
「カフェでは無いよね」
「でも兄さん、カフェと書いてありますよ?」
「ほら、あの、ニュー、って名前にある施設って大半は古いし・・・・・」
「そういう問題では無いんだぞ!」
えぇ?
じゃあ、本当にメイドカフェなの?
心キュンキュンさせちゃうような喫茶店なの?
まっさかー。
こんなデカい館で、態々メイド喫茶する理由が見当たらない。
恐縮なんだけど、一坪あたりの利益率とかどうなってる?
「一見さんお断り、なんて言われたらどうしましょう」
「メイドカフェでそんな格式張る必要はない、と思いたいところなんだけど、ねぇ」
「不安マシマシだぞ!」
正直に言うならば、高萩さんが居ることはほぼ確信している。
何せ店舗名に名前が入ってるくらいだ。
高萩さんに当て嵌まる特徴のメイドも居るらしいし、居ないという可能性はミクロも考えていない。
ただ、少しばかし困惑しているだけだ。
何せ彼女、メイドこそ似合えど、メイドカフェは似合わないような人だ。
あの人ならばチェキ撮ったり萌えキュンなどもそつなく熟すだろうが、にしてもだ。
記憶と現実かイマイチ合致しないのだ。
「・・・・・開けても、良いのかだぞ?」
「多分、問題は無いと思います」
「荘厳な雰囲気が凄いけど、あくまでメイドカフェだからね。・・・・・ネットを見なきゃ、カフェはおろかメイド関係だとは夢にも思わないだろうけど」
「う~、なるようになれだぞ!」
木造特有の軋み音。
ギシリと響かせながら、扉は開かれた。
外見から想像できないような奇抜な装飾や調度品は無く、テンプレート通りに豪勢な作りが出迎えてくれた。
テレビでしか見ることのできないようなリッチでビッグな館。
ホームズが一泊してそうな雰囲気すら在る。
「天井たっか・・・!エントランスひっろ・・・!」
「・・・・・ヴィクトリア朝時代から連綿と繋がれてきた、経営ニ百年目のホテルとかじゃないですよね?」
「あ、でも、メニュー表が書かれてあるブラックボード看板があるんだぞ」
「では、メイドカフェですね・・・」
オムライス、カレー、パフェにドリンク。
王道なフードチョイスだ。
偏見だが、メイド喫茶やコンセプトカフェと言うのは、メニュー名が特殊なパターンが多いと思い込んでいた。
がしかし、このブラックボードに飾りっ気のない、シンプルな料理名が書かれてある。
意外と言えば意外だが、高萩さんが居るならおかしく無い。
推定店長である彼女は、きっと命名権を持ち合わせている。
高萩さんなら、こういう名付けをする。
無駄を廃した、ミニマリスト染みたフードネーム。
しかし、それにしても。
メイドカフェに興味があるような素振りは見せなかっ・・・・・。
「———お帰りなさいませ、御主人様、御嬢様」
虚空からぬるりと。
音も無く、気配も無く、老練の蛇が如く。
元よりその空間に居たかのように、彼女は其処に立っていた。
「た、高萩さ———!?」
「ハーギー!?」
二人も遅れて、視線を動かす。
そして、次に。
喉を潰されたように、言葉を失った。
ぱちくりと瞬きを幾度も行い、現実かどうかの確認をしている。
されど、瞳に写るのはけして虚像でも戯事でもない。
一点の曇りもない、真実にして現実だ。
「てぃあーも、さがぽー、アイニージュー。煌めく愛と純潔な恋の使徒、にゃんがらにゃんぢゅうキミにムチュー」
何で?
猫耳なのは変わらずだが、そんなミニスカートだっけ?
こんなマンガやアニメでしか見ないようなクソバカデザインメイド服だっけ?
そんな偏頭痛の頭痛が痛いみたいな挨拶だっけ?
挨拶するときに回転しながらポーズ取ってたっけ?
「追憶のにゃんにゃんメイド、エニグマちゃんダゾ⭐︎」
健全版胎児の夢?
メイドよ、メイドよ、何故踊る。
我等の心が分かって、恐ろしくないのか。
ひぃん・・・・・。
どの類の地獄だろうなぁ?
瓶詰めかな?
「・・・・・・・・・・・・だぞ~」
「・・・・・・・・・・・・です」
あなや。
二人共、ハイエナに咥えられた兎みたいな瞳孔してる。
つまり、目という目が死に絶えている。
大丈夫かな、尊に深玲。
少なくとも無傷では無さそうだけど。
「よし、成る程、うむうむ、理解はできたぞ。ちょっと待って、脳髄と臓物をシェイクして狂気な思考を取り戻さなきゃ・・・・・」
「マイナスをマイナスで打ち消そうとしていますか!?」
「よし慣れた」
「うわぁ!?急に適応したんだぞ!?」
誰が言った言葉だったか。
人間の最大の強さは、適応である。
環境や変化を受け止め、最適な生き方を模索するが。
それが人間なのだ。
いや、自分はアンドロイドなのだが。
全身八十五パーセント以上が絡繰仕掛けなのだが。
「
「違うにゃん⭐︎」
「
「間違いにゃん⭐︎」
「ハーギーなんだぞ?」
「的外れにゃん⭐︎」
何てこった!
認めようとしない!
確実に高萩・P・月光花さんなのに!
「クソ・・・ッ!何で認めないんだ・・・・・ッ!」
「流石に恥ずかしいんだと思うんだぞ、あんな姿」
「同一人物だと思われたくないですよね、あんな姿してるんですから」
「そんな言い方・・・・・!」
いや、まぁ、しゃあない。
あんまりな言い分も通ってしまうくらいには、何とも言えないファッションだ。
前衛的と言えば済まされると思ってるようなイカした服装だ。
風邪引かない?
大丈夫?
どう最近?
「立ち向かおう!希望は前に進むんだ!」
「詰まり、どういうことですか?」
「粗を探して、自身の高萩さんだと認めさせるんだ!このままだと、昔懐かしな思い出トークもできない!」
「確かに・・・!よし、ペンチを用意するんだぞ!」
「尊もスジモノのやり方なんだ」
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