第四章:祝福の影
数日後、王子と私の結婚式が行われました。
結婚式は、王国の歴史に残るほど華やかに、そして穏やかに執り行われました。
空には何百羽もの白い鳩が舞い、
バラの花びらが祝福のように風に乗って降り注いでいました。
私のドレスは、かつて、母がまとったという、純白のもの。
王子の手が、私の手をしっかりと握りしめ、誓いの言葉を交わしたとき——
私は “真実の愛”を手に入れたのでした。
けれど、式の最後列に、言葉を持たぬ娘をとらえた時、
私の胸はチクチクと痛むのでした。
一輪の花のように静かに佇み、ただ静かに私と王子を見つめる娘。
微笑みすら浮かべず、けれど消えることなく、ただ私達を見つめる娘。
それはまるで、私たちの祝福を見届けるために来た“影”のようでした。
祝いの声も消え、灯りもまばらになった、結婚式の深夜。
私はぐっすりと眠る王子の側からそっと離れ、
バルコニーに立ち、海を眺めていました。
そっとドアが開く音が聞こえ、室内を振り返ると…
すやすやと眠る王子の横に白い影が立っていました。
「どなた?ここは王子と私の寝室ですよ」
その人影はビクッと震え、立ちすくみました。
その時、月明かりでキラリと光る物も見えました。
近づいて行くと、その人影は、銀の小刀を持った、声を持たぬ娘でした。
私は恐怖に駆られて、叫びそうになりました。
けれど、娘の様子はあまりにも静かで、
まるで自分の命を断ちに来たかのようでした。
私は咄嗟に王子の前に走り出し、立ちふさがりました。
「……やめて!王子に何をするつもりなのですか!?」
彼女は驚いたように目を見開きました。
けれど、すぐにその目は伏せられ、小刀を持った手を力なく降ろしました。
私は彼女の手から小刀を奪い取り、震える声で問いかけました。
「あなたは……王子を……殺そうとしていたの?」
彼女は大きく首を振りました。
「では…何をしようとしていたの?」
娘はその場に膝をつき、静かに泣き始めました。
王子を助けた娘を運命の相手と考えている王子。
王子を本当に助けた言葉を持たぬ娘。
王子を助けたと勘違いされ、私の策略で運命の相手となった私。
もし娘に声があったなら——
きっと王子は、彼女を運命の人と信じ、選んでいたのでしょう。
私がこの愛を手に入れることは、なかったはずです。
娘は悔しく、悲しく、どうしようもない気持ちだったのでしょう。
その痛みと哀しみが、私の胸を貫きました。
「あなたが愛した人を、私も心から愛しているのです。
私は、嘘をついてでも、王子を手に入れたかったのです。
あなたが静かである事、王子の勘違い…あなたには本当に申し訳ないと思うわ。
けれど・・・それでも、私は王子に選ばれたかったのです」
私も頬に細い涙の後を作りながら娘に話しました。
彼女は静かに立ち上がり、
泣きはらした赤い目で、しっかりと私を見つめ、微笑みました。
娘の目には、哀しみでも恨みでもない、
ただ、静かな別れと赦しを含んでいました。
彼女は最後に私の手を優しく握り、唇を動かし、静かに寝室から出てゆきました。
彼女の唇は「お幸せに」と動いたように感じました。
続く~第五章へ~
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます