第三章:選ばれし者

王子——アリステア様は、物思いにふけるようになって行きました。


微笑みを絶やさぬその姿の奥で、彼の心は、

どこか遠い場所に置き去りにされているのではないか?と感じていました。


彼女——言葉を持たない、海の娘が現れてから、

王子の心は揺れているように感じられたのです。


誰もが気づかないふりをしているけれど、私にはわかりました。


王子を見る彼女の瞳は、祈るようなまなざしでした。


そして、王子もまた、彼女に優しく慈しみの眼差しを向けていました。


けれど、王子は決して彼女に触れようとはしなかったし、

決して、特別な女性に向ける言葉をかけることはありませんでした。


私には、王子がまるで、

「それをしてはいけない」と自らに言い聞かせているように見えたのです。




ある日の夕暮れ、

私は王子に呼ばれ、海辺のテラスでふたりきり、言葉を交わしました。


「……セレナ姫。あなたは、本当に美しく優しいお方です…」


突然の言葉に戸惑うと、王子は遠くを見つめながら続けました。


「私はずっと決めていたのです。

 私の命を救ってくれた人と、結婚しようと。 

 きっとその人は、運命の相手だって……そう信じていたのです。」


私は黙ってうなずきました。


そう、王子は“私”がその人だと信じている——

けれど、それは勘違いなのだ。


けれど…


「あなたに初めて会ったとき、不思議と懐かしさを感じたのです。

 だから、あなたがあのときの……って。運命の相手だって…」


彼は少し恥ずかしそうに笑いましたが、

その笑みの奥には、迷いの影がありました。


「…けれど今、もう一人……私を見つめる娘がいる。

 言葉もなく、名前もなく、ただ静かに、私のそばにいる…

 彼女を見ていると、心が揺れるのです。」


ああ・・・やはり・・・

王子はついに真の運命の相手に気が付いたのだわ…


私の心はざわつき、

足元から崩れ落ちそうになりながら、王子の言葉を待ちました。


すこしの沈黙の後、王子は続けました。


「けれど——それでも、私は……」


王子は私をまっすぐに見つめ


「やはり、あなたを選びたいのです」





「王子様…」


私はファンファーレが鳴り響くような喜びに包まれました。

ついに私は真実の愛を手に入れたのだと。





夢が叶い、大きな喜びを感じていた私でしたが、

次第に罪悪感も膨れてきました。


時が経つにつれ、胸の痛みは大きくなり、

私の胸には不思議な震えが襲ってきました。



ここで、王子を助けたのは私ではない…

そう王子に伝えたら、どうなるのか…


王子を騙したまま…王子に愛されて良いのか…


いえ、それでも、私は王子に愛されたい!





その夜、王子は海辺の小道で、

彼女——物言わぬ娘にそっと語りかけていました。


私は遠くから、その姿を見守っていました。


「……君は、美しい。

 言葉がなくても、あたたかい目をしている。

 だから、君の心は伝わってくる。

 …私の事を心から慕ってくれている事も…」




「でも、私には、ずっと思い続けてきた“恩人”がいて……

 私はその人と未来を歩むと、決めているんだ。」


彼女はただ、波のように静かに揺れていました。


「君も、きっと出会える。君を“運命の人”だと信じてくれる誰かに。

 私のように——心から、特別な存在だと思える誰かに、必ず出会えるよ。」


物言わぬ娘は、かすかに微笑んだように見えました。


けれどその笑顔は、波に溶けるように淡く、まつ毛には涙の影がありました。



続く~第四章へ~




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