第二章:物言わぬ娘

その娘が城に現れたのは、ある静かな午後でした。


侍女たちはざわついていましたが、

彼女は何も語らず、ただ黙って王子のそばに立っていました。


青く透き通る瞳、海の泡のような白い肌、そして——声を持たぬ口元。

彼女は、まるでこの世界の人間ではないかのように、

静かで、はかなげな美しさを纏っていました。


王子は、彼女を見ると優しい笑みを浮かべました。

それは…私に向けてくれた微笑みに、とてもよく似ていました。


けれど——違ったのです。

彼の瞳は、私を見る時とはどこか違う、恋の光を宿していました。


「君とはどこかで…会った気がするが…何処で会ったんだろう?」

王子は彼女にそうつぶやきました。


そしてその目は、まるで記憶の中の幻を追いかけるように、

彼女を見つめていたのです。


私は笑顔を保ったまま、その場を立ち去る事しか出来ませんでした。


彼女は言葉を持たず、話しかけても返事はなく、ただ微笑むだけ。


けれどその微笑みは、何よりも雄弁で、心を強く揺さぶるものでした。


王子と共に過ごす日々の中で、

彼女はごく自然に、王子の隣に“いるべき存在”のようになっていきました。


誰もそれを不自然とは思わなかったし、王子もそれを否定しませんでした。


私は次第に、自分の立場が揺らいでいくのを感じました。

“王妃”として選ばれるのは私のはず。

なのに、海から来たかの様な、名もなき存在の彼女に、王子の心を奪われていく。


私は心の中で、何度も何度も叫びました。


私は王子の婚約者よ。生まれながらにして選ばれる者なのよ。


そうでもしていないと、私は不安に押しつぶされてしまいそうだったのです。





ある日、ふと気づくと、彼女は海を見つめていました。


その背中はどこか寂しげで、

風に揺れる髪は、波間に溶けていくようにはかなげでした。


私は彼女の隣に立ち、問いかけるでもなく、ただ同じ景色を見つめました。


何となく気になり、物言わぬ彼女の横顔を見た時、私は突然理解したのです。


この娘が、王子を救った“本当の命の恩人”なのだと。


そして、私は彼女の唯一の願いもわかったのです。


この人も、きっと彼との愛を願ったのだ。

私と同じように、彼に“選ばれること”を夢見て、ここへ来たのだ。

と・・・


私は心の奥が凍りつくようでした。



続く~第三章へ~

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