人魚姫の祈り

山下ともこ

第一章:運命の海風

私は、セレナ・ルヴァンティーヌ。


幼い頃から「王妃になるため」に生まれ、「王妃になるため」に育てられた、

アストラリア王国第一王女。



母は、完璧な王妃でした。


言葉は常に穏やかで、感情は決して顔に出さず、

宮廷での美しい振る舞いは“芸術”とさえ呼ばれていました。


私は、そんな母の鏡像であることを求められ、育てられました。



『感情に流されるな。』

『愛など、幻想にすぎない。』

『女は“選ばれる器”として、冷たく、気高く、慎ましくなければならない』

そう教えられた私は、知らぬ間に“愛”に蓋をして育ったのです。


私は「政略結婚も立派な私の使命」と、受け入れていました。



そう、“受け入れた”つもりだったのです。



実は私には、誰にも言えなかった夢が、いつも心のどこかにありました。


私もいつか、誰かに心から愛されてみたい。と。




「役目」ではなく「感情」で繋がる愛を、

私は…ただ、一度でいいから、味わってみたい…そう思っていたのです。





その私の夢を、王子——アリステア王子に出会った時、

この方と実現したい!と強く感じたのです。


王子は、誰にでも優しかったけれど、私には特に優しく接してくれました。


国と国の繋がりを強くするために行われる婚姻…

それに繋がる見合いの場だと言うのに、

初めて会った時から、何故か、懐かしむような目を向けてくれる王子。


そして、形式ではなく、心から私を求めている様な眼差し。


そんな彼に、私は心から「選ばれたい」と願ったのです。




お見合いの儀式の後、王子と二人だけで話し、その理由が分かりました。

「やっとお会い出来ました。

 あの嵐の夜、私を救ってくれたのは、あなただったのですね。」

アリステア王子は優しい声でそう言ったのです。


数年前、船上で行われた王子の誕生パーティの時、

船が急な高波で転覆し、王子は海に投げ出されたが、浜に流れ着いた…

と聞いていました。


ですが、王子は、誰かに助けられた記憶があると言うのです。


私は、そのとき海にはいなかったし、王子を助ける事等、出来ません。

けれど、王子は『自分を助けたのは私だ』と信じて疑わなかったのです。


「海辺に打ち上げられ、もうろうとはしていましたが、

 私はあの時、あなたに恋をしたのです。」


そう言いながら、私の手を握る王子に、

私はただ笑顔を返す事しか出来ませんでした。


たとえ王子の愛が勘違いの上にあっても、

「それでも私は、この王子に愛されたい」と強く願ってしまったから。


私は“政略”ではなく、“運命”で結ばれた姫でありたかったのです。




続く~第二章へ~


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