第11話 逢瀬少女−2
映画館に着くとそこにはまあまあな人が自動券売機の列に並んでいた。土曜日の午前中ということもあり、様々な人がいる。
家族連れやカップル、一人で来ているであろう人、友達と来ている人など。
この映画館は街一番のショッピングモールの屋上に建設されている。そのため学生の利用者が多いのだと。そのため、クラスメイトと偶然会ってしまい、それが仲良い人だと大丈夫だが、あんまり話し方ことがない人と遭遇してしまうと気まずいのだと人音が教えてくれた。
私も華のある現役女子高生ではあるが、友達は少なく、クラスメイトの名前どころか顔すら覚えていない。だからなんの心配もない。悲しさはこんなところで最強の武器になる。なお攻撃力は0。
「ん、空いた」
そんな悲しいことを思いながら人音と手を繋ぎ列に並んでいると待ち列の一番前まで来て、一つの券売機が空いた。タッチパネルを操作するため私たちは自然と手を離し、席を選択する。もう少し繋いでいたかったが、これ以上は手汗が止まらなくなってしまうだろう。だから仕方ないと割り切る。
「お、真ん中に隣空いてる席あるよ。ここでいい?」
「ラッキーじゃん。ここにしよう」
人音は慣れた手つきでタッチパネルを操作して席を選択する。簡単な操作ではあるのであろうが、今まで親に買ってもらってた私にとっては無理な行為だ。
「というか、休日なのに真ん中が空いてるなんて珍しいね。この映画昨日公開されたんでしょ?」
「まー続編だしねこれ。新規の人はあんまり見ないのかも」
「ん?続編?」
人音の口から予期していなかった“続編”という言葉を聞く。タッチパネルを見てみるとそこに記されていたタイトルは
「『視線の奥07』......7!?」
視線の奥というタイトルの横にはそれが七番目の作品だということを表す数字が書かれていた。
「大丈夫。前作との繋がりはまっったくないのがこのシリーズのルールみたいなもんだし、世界観の説明も最初に絶対ある。だから楽しめる」
「それナンバリングする必要性ある...?」
「ある。めっちゃある。これは四作目で判明したことなんだけど...いやネタバレになるね。だからこれ以上は言わない」
自分の好きなことについて語る人音はいつもとは違う魅力を感じた。
「とにかくもう買っちゃったから。ポップコーンとか買う?」
「買う〜...ってチケット代払うね」
「いいよいいよ〜私が見たいって言ったんだし。それに布教用として、ね」
人音が奢るなんて約束していないのに彼女は当然かのように私の分のチケット代も払ってくれた。申し訳なさもあるがここは人音の優しさに乗ろう。
こういう自然な優しさに真波も人音を好きになったのかな。
話の脈絡がないのに、真波のことを思い出してしまった。それぐらい、真波のことを気にしている証拠だろうか。こうやって休みの日にデートをするのは抜け駆けのように感じる。でも、真波と抜け駆けをしてはいけないと決めたわけじゃないし、人音を譲るつもりもない。
「何味にしよっかな〜」
私とは対照的に無邪気な笑顔を浮かべながら、レジの上につけられた時間によって流れていくメニューを眺めていた。そこには一つ、私にも目に留まるようなものがあった。
「『カップル割』…か…」
私が言う前に人音がつぶやいた。どうやら店員さんの前でカップルの証明をすれば少し割引して貰えるとのこと。これを利用しない手はないが、あいにく、私たちはカップルではない。だからこれは使えない。のだが…
「カップルっぽいことすれば割引してくれるんじゃない!?」
「カ、カップルっぽい…こと?」
私もその考えは脳裏に浮かんだが、恋人ごっこはしたくなかったから、喉で止めていた。カップルっぽいことと言ってもキスくらいしか思いつかない。
「とりあえず並ぼ!嘘ってバレたら、通常で買えばいいし」
「…それも…そうだね」
偽のカップル作戦。人音には安く済ませるために得しかないような作戦でも、私にとっては理想と現実の違いを突きつける作戦である。
列は進み、前に。前に。さらに前へと進み、私たちはレジのところまで進んだ。
「ご注文がお決まりでしたらどうぞ〜」
「ポップコーンのSサイズのキャラメルと…藍華は?」
「あ、私はSサイズのポップコーンの塩味でお願いします」
「それと!カップル割って使えますか?」
注文を言い終わった後人音がカップル割を使えるか聞いた。店員さんは少し驚いた顔を見せる。しかし、その後すぐに笑顔になった。
「利用できますよ。では証明として手を繋いでください」
「っわ…ちょ…」
「はいはーい!これで大丈夫ですか〜?」
「確認できました!では3割引でお値段546円です」
「人音!ここは私が払うから!」
「え、ありがと」
Sサイズのポップコーンは一つ390円。それがカップル割で3割引き。273円。人音が払ってくれた映画代1000円に比べたら半分もなく、割引した上での支払いである。これからゆっくり返していこう。
それよりも、カップル割の証明があんな簡単だとは思わなかった。確かに証明としてキスしろなんて公共施設では良くないことだからあり得るはずがない。それでもちょっと、ほんのちょっと、すこーしだけ期待してしまった自分を殴りたい。
しばらく椅子に座って待っていると上映案内の放送が鳴った。私たちはポップコーンを持ち、買ったチケットを係の人に見せて入場する。私たちが見る映画のスクリーン番号は、七番。偶然なのかここでも七という数字が出てくる。
指定した席に座るとすでにスクリーンにはCMが流れていた。別にその映画を見に行くわけではないが、映画が始まる前のこのCMはどこからワクワクする。人音も一緒なのであろう。真剣な眼差しでCMを見ている。
人音は突然思い出したかのようにポケットのスマホを取り出す。そのまま音量を0まで下げ、マナーモードにして電源を切った。かなり徹底している。私は席に座る前から電源を切っていたので私の勝ちだ。
「楽しみだね〜」
「...うん」
私はホラー映画をあまり見ない。映画自体も見ない。だから恐怖心の中に好奇心が混ざり込んでいる。
しばらくCMが流れた後劇場内は暗闇に包まれ、上映マナーが流れる。そして、映画の始まりを合図するかのように制作会社のロゴムービーが始まった。
映画が始まると人音が言っていたように世界観の説明から始まる。ある街の封印が解かれ、日本中に幽霊が溢れ出たらしい。タイトレにあった視線とは幽霊のことだったのか。
そんなことを考えているうちに突如画面いっぱいに幽霊の顔が出現した。急だったため思わず体がビクッと震えた。前に座っていた人も同じなのか私と同じ反応をする。
なるほど。この映画はこうやって脅かしてくるのか。ならば警戒しておけばいい。警戒した方が怖いという話も聞いたことはあるが...
しばらくして驚きが収まり人音の方をチラッと見る。このシリーズが好きな人音にとってはおそらくこんなびっくりシーン、余裕なのかと思ったが、その顔には涙を浮かべていた。そして声は出していなかったが、口を小さく動かし、
「こわい...こわい...」
と実際には声は出ていないがそう聞こえるような口の動きを繰り返している。もしかしてホラー映画は苦手なのかな?
とにかく、こうやって弱っている人音を見るのは初めてな気がする。いつも笑顔を振りまいている彼女からは想像が難しい顔をしている。
私はそんな人音を安心させようと、肘掛けの上に乗せられていた彼女の左手を握る。その様子に気づき、私の方を見た後、すぐにスクリーンの方に顔を戻す。良くないことをしたかもしれないと思ったが、人音の私の手を握る力は強くなり手繋ぎはより強固なものになった。
...安心してくれたかな...。もし安心してもらえたのなら人音を助けることができてよかった。
手を繋いでいるから映画の内容は少し、入ってこなかった。
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