第2話 疑問少女

「藍華ってさ〜いつも屋上で食べてるって言ってたけどどうやってこの場所見つけたの?」


 私は朝買ってきたメロンパンを頬張りながら問いかける。藍華の弁当はもう半分くらいしかない。どうせなら同じくらいに食べ終わりたいな。負けず嫌いな性格がここでも出てしまう。


「たしかー生徒会の人たちが行くなって余計気になって...」


「ふーん悪い子だね。不良だ不良〜」


 ニヤニヤと効果音が出るほど口元を緩ませる。


「そんな不良な藍華でもその後の間接キ...あ、いやなんでもないっす...」


 どんだけ赤くなってるかなと顔を見ようとしたが恐ろしい形相を向けられていた。こっっわ。怖さのあまり本能が口を制止させた。


「ま、まあ!間接キスって結構ドキドキするよね!さっき友達なら大丈夫的なこと言ったけど、私も緊張するから!!」


 身を守るため本心を晒す。女子同士でも私は安易に間接キスを容認できない。


「あ、そうなんだ。てっきり人音は経験多そうだから大丈夫なのかと思ってた」


「おい。誰が経験多そうだよ。付き合ったこと一度もないわ」


「え?」


「ん?え?」


 付き合ったことがないと言うと藍華は少し固まった。頭に疑問符を浮かべ「え?」しか言わない。だから私も応答するように「え?」だけ言う。


「付き合ったことがないって...その...男子と...ってことだよね?」


「うんそうだよ。一度もない。告白されたことは二回?くらいあったんだけど...振ったよ」


「え?なんで...?」


 グイグイくるなぁ。別に言いたくないことじゃないから良いんだけど。こんなに話したの今日が初めてだよ?しかもそんなに気になる話題か?


「当時...中1の頃だからよく覚えていないけど、確か恋愛に興味がないから振ったような気がする」


「恋愛に...興味がない...?」


「うん全然。真波とかみっちゃんとかと恋バナする時あるんだけど、よくわかんないんだよね〜」


 真波は今日インフルで休んだポニーテールが特徴的な子。みっちゃんって子は本名がミサキって言って髪が短い。真波は私と同じ帰宅部でみっちゃんはバスケ部。


「今までの人生で恋したことないんだ。多分この調子だと一生しないかも」


 冗談っぽく笑いながら自分の後ろ髪をくしゃくしゃと撫でた。


「あ...うん...そっか...」


 私が自分の恋愛について語ると藍華の表情はドンドン暗くなる。なんでだろうか。そんなに恋できないことって良くないことなのだろうか。


「さっきからどうしたの藍華。顔色悪いけど。箸も止まってるし」


「...あ!いや!大丈夫大丈夫...気にしないで...」


「ふーん...なら良いけど。てか、藍華はどうなの?今まで付き合ったこととか好きになった人とかいるの?」


 自分の恋愛に興味はないしよくわからないが人の恋愛はなんか知りたい。置いてけぼりにされるのは悲しいからだ。


「...ないよ。人音と違って告白されたこともない」


 意外...というわけではないが藍華は付き合ったことがないとのこと。これは共通点と言えるだろう。


「でも...」


「でも?」


「好きになったことは...ある...それも現在進行形で...」


「え!!まじ!?ちょー気になる!!誰?誰?」


 思いがけない情報が出てきて私はエサに必死に飛びつく食いしん坊な犬のように質問する。


「それは...秘密...まだ誰にも言えない...」


「ちぇ〜でもまだってことはいつかは教えてくれるんだよね!?えー誰なんだろう〜!!」


 生えていないはずの尻尾をブンブンと振り続ける。


 藍華の好きな人...どんな人なんだろう。予想が難しいな。


 藍華とは正反対なウェイ系の人なのか。それとも似たような静かなタイプの人なのか。そのちょうど真ん中くらいの人なのか。


「うーんわかった!私みたいな人!というか私でしょ!!」


「ぶふぉっ!?」


 私なりの最大限の冗談を言ったと同時に藍華は突然口にしていた水を吐き出す。あ、この水は私のじゃないよ。藍華が持ってた水筒の水。ずっとお茶だと思ったけど水だった。


「え!?え!?急にどうしたの?」


「はぁ...はぁ...心臓に...わるい...」


「そ、そう?ご...めん?」


 どうしてこんなに驚いたのだろうか。冗談が面白かったから?いや爆笑するほどじゃないし驚くような冗談でもないと思うけど...


「.......」


「.......」


 気まずい空気が流れる。お互いとも無言を貫き食事を再開した。ただこのまま気まずいとパンが美味しくなくなる。だから話題を戻すことにした。


「て、てかさ!間接キスで思い出したけどよくキスってロマンチックって聞くけどそんなにすごいものなのかな!?」


「...キス?」


「だってただ唇を合わせるだけじゃん?」


 昔ドラマを見て疑問に思ったことだ。ラストシーンで主人公とヒロインのキスの描写があり、周りは感動したと言っていたが自分的には満足できなかった。


 唇と唇を合わせるってのは恥ずかしいことだとは思ってる。ただそれがどうしても愛情表現には結びつかない。


「...じゃあ人音はキスをよく知らないんだ」


「うん。というか藍華も恋人いたことないから知らないで...しょ...」


 この話を終わらせようとした時藍華に顎をヒョイと持ち上げた。


「私もよく知らない...だからさ...私と練習...してみる?」


 突然の出来事に頭が回らない。え?キス?今ここで?藍華と?


「キス?キスってあのキス?鱚じゃなくて?」


「魚の鱚じゃない。接吻の方のキス」


「ちょ、ちょっと藍華!なんで...!」


 押し除けようとするが何故か体に力が入らない。思うように動かない。その間に藍華の顔は私の唇を目掛けて近づいてくる。このままじゃ本当にキスしてしまう。抵抗しないといけないのに動かない。まるで体は受け入れているかのように...


 もう本当にキスしてしまう。十センチも距離はない。まずい本当に...


 キーンコーンカーンコーンー


「...え...私はなにを...」


 予鈴が鳴り響く。予鈴のおかげで正気を取り戻したのか顎に置かれた手を離してもらえ藍華との距離が遠くなる。


「あ、あ、わたし...いま...むりやりきすしようと...」


「だ、大丈夫...?藍華...突然人が変わったかのようだったけど...」


「う、あ...いや...その、ちがっ...あああぁぁぁごめんなさいぃぃぃ!!!!」


 体をぶるぶる震わせて混乱していたかと思えば急に立ち上がって校内へと続く扉に入っていった。


「弁当...忘れてるじゃん...」


 食べかけの弁当はその場に残しっぱなしだった。後で届けに行こう。それよりも...


「なに...あの気持ちは...」


 藍華に無理やり唇を奪われそうになった時、動揺してる最中別の感情も芽生えていた。


「心臓のドキドキ...止まんなかった...」


 今でも心臓に手を当てなくても聞こえるくらいうるさく鳴り響く。顔に手をやると人体が呼び出せる最大温度と言わんばかりに熱くて手を離してしまう。


「ちがう...ちがうちがう...これは太陽のせいで...熱くなってるだけであって...」


 誰にも向けていない言い訳を発しながらその場に丸み寝転ぶ。


「こんな姿で...教室行けないよ...」


 その後の五限はサボってしまった。






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