錆びた剣の真相

八月十五

第1話 錆びた剣の真相

 冒険者ギルドの扉が、大きな音とともに開け放たれる。

 冒険者は自由と同時に危険が伴う仕事だ。実力がなければ就けないが、それ故に荒くれ者も多い。

 そんな彼らでも「あの男」が帰ってきた時は、にこやかな笑みで迎え入れる。

 2メートルはあろうかという大柄な身長、そこに無駄なく、かつ最大限までつけた筋肉。背中にはトレードマークの錆だらけの、もはや何も斬ることはできないであろう大剣。

 ギルドの受付嬢も、いつもの営業スマイルではなく、満面の笑みでカウンターに迎え入れる。

「お疲れ様ですラストさん。今日はどうでした?」

 ラストと呼ばれたその男は、肩にかけていた麻袋をひっくり返す。ゴロゴロと転がり出てきたのは人の生首だ。

 常人ならば悲鳴を上げるところだが、彼の仕事を知るものは「おおっ」とどよめきを上げる。

「はい、確かに。デオチ盗賊団の壊滅を確認しました。お疲れ様でした。ラストさん」

 この国において、盗賊に身を落としたものは人間ではなく、モンスターとして扱われる。

 よって、冒険者ギルドでも盗賊退治の依頼が出されることがたまにある。

 しかし、仮にも同じ人間同士。殺すのには抵抗があるし、知能も高く、技術もあり、徒党を組む。

 そんな盗賊退治を好んでやる人物はいなかった。

 彼、S級冒険者「血錆のラスト・ネイル」が現れるまでは。

 S級とは、冒険者のランクで最上位を意味する。因みに新人はE級だ。

「それでは、これが今回の報酬になります」

 受付嬢がどっしりと中身の入った麻袋を持ってくる。もちろん中身は全て金貨だ。

 本来、盗賊退治は人気がなく、危険が高い分報酬も高額になる。それをパーティーも組まずに一人でやれば、報酬は独り占めだ。

 報酬の金貨を受け取ると、ラストは一言もなくギルドを後にする。

「いや~すごいもんだよラストは。なんてったって盗賊退治だけでS級にまでなっちまうんだもん」

酒場を併設したギルドでは、酔っ払いたちがラストの話を始める。

「でもよ、何であの錆だらけの剣を使い続けるんだ? 買い換えりゃいいじゃないか」

「さあな。大切なものなのか、善良な人間は斬らないっていう覚悟の現れなのか。トレードマークだからか」


 ラストが家に帰ろうと街を歩いていると、子供に呼び止められる。

「あ、ラスト! 僕、大きくなったら冒険者になりたいんだ。コツ教えてよ!」

「よく食べ、よく寝る。あと、今のうちから剣の素振りでもして体を作っておくことだ」

「うん、ありがとう!」

 次は大人に呼び止められる。

「おまえさんが噂に聞く「血錆のラスト」か! せっかくあったんだ、握手してくれよ!」

 ラストは自分の手を見た。さっきまで盗賊の首を叩き斬っていたせいで血塗れだ。

「俺に触ると血が付くぞ」

「構わねえよ。洗えばいいだけだし、それはおまえさんが頑張った証拠だろ!」

 そういうと男は強引に手を握ってくる。

「剣のタコができてる。鍛えられたいい手だ。頑張れ、応援してるぞ」

 今度は赤子を抱いた婦人に呼び止められた。

「ちょっとこの子を抱いてくれないかい。あんたみたいな勇敢で、人の為に何かできる人になれるように」

「俺はそんなよくできた人間じゃない」

「いいんだよ。すくなくともアタシ達にとっちゃ英雄さ」

 そう言って強引に子供を抱き上げさせられる。

 ようやく家に帰ってきたラストは、大剣を背中から降ろし、ベッドに横になる。

「本当に違うんだけどな」

 翌朝、ラストはいつも通りに冒険者ギルドへ向かった。

 扉を開くと、睨むような視線が集中するが、入ってきたのがラストだと分かると、すぐににこやかな視線に変わる。

 受付嬢もにこやかに対応してくれる。

「おはようございます、ラストさん。今日はどの依頼をお受けいたしますか?」

 受付嬢も一応聞きはしたが、本当は分かっている。彼は盗賊退治しかしないのだから。

「これを頼む」

 ギルドの掲示板から剥がしてきた依頼書を受付嬢に見せる。

「はい、マサカリ盗賊団の討伐依頼ですね」

 受付嬢が依頼を確認すると、ギルド内に歓声が広がる。

 ラストは自分が動くことで自然に空いた人集りを進む。

 ギルドの冒険者が噂を流したのか、既に冒険者ギルドの外にまで人集りができていた。

「やったぞ! ラストさんが動いてくれた!」

「これであの村も救われるわ!」

 人々の期待の眼差しを鬱陶しそうに受けながら、ラストは街を出た。

 ラストは休むことなく道を進む。本来、盗賊は必ず縄張りの端に見張りや罠を立てている。

 故にこの見張りや罠を先んじて察知し、撃退する技術が必要となるが、ラストは無遠慮にマサカリ盗賊団が占領している村までたどり着いた。

(囲まれているな……)

 罠や見張りに対処しなかったラストではあるが、自然には比較的敏感だった。

「よう、おまえがラストか?」

「ああ、S級冒険者、血錆のラスト・ネイルだ」

 ラストの前に現れたのは、ラストにも劣らない巨体に筋肉、しかし装備はボロボロの男だ。だが、背中に背負った大斧だけは磨いているのか、ピカピカだった。

「俺はマサカリ盗賊団団長、大斧のマサカリ!」

 名乗りが終わると、二人は背中の獲物に手をかける。

 抜いたのは同時。だが、二人の得物がぶつかり合うことはなかった。

 マサカリの力任せの大振りを、ラストは大剣の腹を使って受け流す。

 錆びついた大剣と磨き上げた大斧がまともにぶつかれば、折れるのはラストの錆びついた大剣だ。

 真っ向から打ち合わないのは自明の理だった。

 大斧を反らし、そのうえでラスト自身はマサカリの懐に入り込む。

 錆びついた大剣でマサカリの足を強引に切り裂いた。

「ぎゃあああ!!」

 マサカリの絶叫が響き渡る。切れ味のいい剣や刀ならまだマシだっただろう。

 だが、マサカリには疑問が残った。

(首や胴を狙うこともできたはず、なぜ、奴は足を狙った?)

「お、お頭がやられた!」

「もう駄目だ、退け!!」

 盗賊達は散り散りになって逃げ出す。

 盗賊刈りには暗黙のルールというものがある。その一つが「必ず全滅させること」。1人でも逃せば、また近隣の村に被害が及ぶ。

 だが、場所が悪かった。洞窟などの閉所ならともかく、ここは村のど真ん中だ。逃げ出す盗賊達に有利。

 マサカリが考えを巡らせている間、ラストは微動だにしなかった。

 マサカリにとどめを刺すことも、逃げた盗賊達を追うこともしなかったのだ。

「追わなくていいのか?」

「ああ、あいつらが強く育てば、またやれるからな」

 マサカリは納得した。

「戦闘狂か……」

「いいや?」

 ラストはマサカリの右腕を切り落とす。

「ああああああああ!!」

「俺は人を殺すのが好きなだけだ」

 マサカリは点と点が線でつながっていく感覚を覚えていた。

 盗賊刈りだけを受ける理由も、そういうことだったのだ。

 マサカリは左手を落とされたが、もはや驚きで痛みもなかった。

「じゃあ、錆びた剣を使ってるのも……」

「だって、そっちのほうが痛いだろ?」

 ラストの笑顔が、マサカリが最後に見たものだった。

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