第5話
補給を終えた〈デッドハンド・ジョー〉を軽く動かす。
リアクター燃焼率よし、ギア駆動系よし。
そしてなによりも、コクピットのクーラーが再稼働した。
「──いい感じだ。左腕のギアも噛み合わせが良くなってきた」
ホルトは、機体ステータスを眺めながら呟く。
新たに接続された義手の性能は中の下といったところ。
無いよりはマシだし、これも無償提供だった。
それだけの金が、いったい何処から湧いてくるのやら。決闘審理会というのは相変わらず、底の知れない組織なのだと、ホルトは実感するばかりだった。
『終わりましたか?』
朗々とした声が、スピーカー越しに問う。
審理会から派遣された制裁者、オズレロ・ハンショウだ。
“バントライン”の再装填作業を行いながら答える。
「──待たせた。いつでも行けるぞ」
『了解です。マルノワ・クロードを誘拐したギアードはどちらに?』
「あっちだ。あっちにグライダーで飛んで行った」
ホルトは〈デッドハンド・ジョー〉に指を差させる。
水平線の向こうに反り立つ岩山の向こうだ。
『なるほど。あちらには、開拓初期に放棄された集落があります』
「放棄された? 住民はひとりも居ないのか」
『近くに水源がなく、供給輸送コストの問題から居住不可能と判断され、連邦政府命令で住民は全て撤退しました。──やっ、訂正。元連邦政府でした』
「なるほどな。……俺は曾祖父が移民の世代だが、そういえば祖父からも当時の政府批判を聞かされた。よっぽどバタバタした統治だったんだろうな」
何故だか、グレイスの慌てふためく姿が頭を過ぎる。
話を聞いていないのか、オズレロのギアードは遠くを見ている。
『さあ、グライダーを装備してください。敵を抹殺しに行きましょう』
「……俺のクライアントの救出も忘れるなよ」
『もちろんです。では、私の〈ノー・キュア―〉が先導します』
言うなりオズレロは、彼のギアード──〈ノー・キュア―〉のグライダーを展開し、助走をつけて大きく跳躍した。バサバサと羽ばたくような音が立つ。
(久しぶりだな、空を飛ぶのは……)
〈デッドハンド・ジョー〉もその後を追って走り、背負ったグライダーのウィングを開く。機体が揚力を得て、にわかに浮き上がる。その瞬間に地面を蹴った。
胃の底を押し上げられるような不快感と共に、機体が揺れる。
しばらくすると、ガタガタとコクピットが軋む音が止んだ。
モニターに映る地面が、だんだんと遠ざかっていった。
「さて……今回は落ちてくれるなよ、ジョー」
*
やがて見えてきたのは、せり上がった岩山に囲まれた集落だった。
ユニット式の民家が複数と、ありきたりな酒場、そして──教会か。
──いずれも廃墟なのだろう。人間の活力はまるで感じられない。
先行する〈ノー・キュア―〉が、ハンドサインで親指を下に向けた。もちろん「地獄に落ちろ」ということではなく「手前の岩場に降りよう」の意である。
ホルトとオズレロは、機体を岩山の稜線に隠すように着地させた。
二機のギアードは、這うような姿勢で頭を出し、集落を覗く。
「あれは……」
ホルトはモニターを見つめて、呟くように言った。
『なるほど、敵は組織的なようですね』
続けてオズレロが言う。二人の目には、教会裏に駐機された複数のギアードが見えていた。一機を除いて、いずれも簡易な“バレル級”のギアードのようだった。
例外の一機とは、マルノワを連れ去った銀色の機体だった。〈デッドハンド・ジョー〉や〈ノー・キュア―〉と同様に、“ホグスヘッド級”のギアードに見える。
つまりは、決闘向きの中量モデルということだ。
「……マンソン・バイオテックに雇われた賊だろうか」
『それにしては、どこかフォーマルな装備ですね。……どうします?』
「数は六……七機か。明らか数的不利だな」
『では起動前に減らすとしましょう。狙撃を提案します』
〈ノー・キュア―〉は左肩に掛けていたライフルを取り、レバーを引いた。
「賛成だ。手前のヤツから片づけて行こう」
『では、奥の親玉は私が頂くとしましょう』
ホルトは、〈デッドハンド・ジョー〉の“バントライン”を両の手で握らせる。
『カウントスリーで始めましょう』
「ああ、分かった」
二人は息を整え、同時に言った。
『3』 「1」
──沈黙。二機のギアードが顔を見合わせた。
「カウントダウンか?」
『常識的に考えて、カウントアップではないでしょう』
ホルトは舌打ちして、機体の腕をひらひらとさせた。
「どっちでもいい、好きにしろ」
*
アルカという男が去った後、礼拝堂は静寂に包まれていた。
マルノワはチラリと背後を振り返って視る。
あの女──ペイシェンスは、ずっと入口の辺りで腕を組んだまま立ち、仏頂面で前だけを見ている。祭壇の向こうの、埃を被った十字架を見ているのだろうか。
ふいに目が合った。彼女が嫌そうな顔をして舌打ちをする。
しばらくの間があって、彼女がおもむろに話し始めた。
「お前は何もわかっていない、小娘」
マルノワは微笑んでみせた。
「貴方たちの同志にならなかったことを言ってる?」
「自由とカオスは紙一重だ。誰しもが己の行動に責任を持てるわけではない。我々がこんな砂の星に残されたのも、祖先たちが自由の責任を先送りしたためだ」
「人間は自由を扱えるほど賢くないって?」
「そうだ。自由が『背負いきれない責任』を負わせるというのなら、ハナからそんなものは与えるべきでない。人は限られた自由の中で生きるべきだ」
「その裁量を決めるのは、貴方たちってわけ。まるで独裁者ね」
「なんだと……ッ!?」
ペイシェンスが肩を怒らせ、マルノワに歩み寄ろうとした、そのとき──。
眩い閃光の輝きと同時に、耳をつんざく爆発音が轟いた。
衝撃波で窓ガラスが振動して、天井から埃が降りる。
「敵襲ゥーーッ!」
外で見張りをしていた兵士が居たのか、男の叫び声が聞こえてくる。
ペイシェンスは袖をまくり、マルノワに怒鳴った。
「流れ弾で死にたくなければここに居ろ! 外に出てくるなよ!」
そう言うと彼女は、ドアを蹴破るように開けて駆け出して行った。
*
『──仕留めきれません』
「なに?」
ホルトが、四機目の“バレル級”ギアードを仕留めたタイミングだった。
平坦な声のまま、オズレロが悪びれることなく言った。
『銀色のギアードです。善処はしたのですが』
「どういうことだ」
『携帯性を意識して、小口径のライフルを持ってきたのがあだとなりました。あのギアードの装甲は尋常ではありません。弾頭が全て弾かれています』
ホルトは舌打ちをしつつも、次の“バレル級”に照準を定めた。
トリガーを引き、胴部に着弾。単分子徹甲弾がコクピットを潰す。
「だったらスリンガーの方を狙え、この騒ぎで建物から出てくるはずだ」
『ええ、もちろんそのつもりで──……一手遅かったようです』
ズームしたモニターの向こう側では、残る一機の“バレル級”が立つ。
銀色のギアードもまた目覚め、立ち上がろうとしていた。
重厚なフォルム。盾のような装甲プレートを幾重にも重ねたような前面部。
まるで壁のような威圧感の機体が、こちらを見据えていた。
銀色のギアードが、逆手持ちに大きな筒のようなものを構える。
ボシュッという音と共に、火炎の光。飛翔体が真っ直ぐ発射された。
「──避けろ、ロケットランチャーだッ!」
〈デッドハンド・ジョー〉は〈ノー・キュア―〉と共に大きく飛び退く。
二機は岩山を転がり落ちるようにして、その直後、先の地点が吹き飛んだ。
降り注ぐ破片の雨の中で、ホルトはスピーカー越しに叫んだ。
「生きてるな? オズレロ!」
『……もちろんです。やってくれましたね、アイツら』
──と、煙に包まれた岩山の上に影が立った。
先の“バレル級”ギアードだ。手にサブ・マシンガンを装備している。
岩山の上から撃ち下ろす形で、敵機がそれを乱射した。
二機は即座に、近くにあった大岩に裏に隠れる。
岩ががりごりと削られる音が、コクピットにまで伝わった。
「雑魚はアイツ一機だけだ、囮になれ。俺が仕留める」
『お断りです。初対面の相手に命を預けるのは現実的ではない』
「だったらお前が始末しろ、腰抜け」
ホルトは苛立ち混じりにそう吐き捨てると、ペダルを乱暴に踏み込んだ。
岩陰を飛び出し、疾走する〈デッドハンド・ジョー〉を弾痕が追う。
サブ・マシンガンの銃口が遮蔽の岩から逸れる。
オズレロはその隙を見計らい、機体の半身を露出させた。
『──ヘッドショット』
冷淡な呟きと共に、ライフルのトリガーを引く。
“バレル級”の頭部が吹き飛び、視界を失った敵機が無暗な乱射を開始する。
〈ノー・キュア―〉は更に一歩進み、ライフルを両手でしっかりと構えた。
『ハートショット──クリア』
ライフル砲弾がコクピットを貫通し、胸を穿たれた敵機が転がり落ちる。
「よくやった、後は銀ピカのヤツだけだ」
『また爆撃されては面倒です。距離を詰めましょう』
〈ノー・キュア―〉はライフルの先から銃剣を伸ばした。
二機は同時に駆け出し、岩山を飛び越える。現れた二機のギアードを確認するや否や、“ホグスヘッド級”は再びロケットランチャーを逆手に構えた。
「二度も通ると思うなッ!」
〈デッドハンド・ジョー〉が“バントライン”を連射した。
左の義手でハンマーを叩きながらの「ダブルタップ」だった。
怒涛の速度、一度の銃声で放たれた二発の弾丸が敵のロケットに貫入する。
──閃光と共に、一瞬の静寂、凄まじい爆音が轟く。
爆発が起こった。空気が震える。火炎が視界を埋め尽くした。
「……死んだか」
だが、その地獄の業火の中から、答えは返ってきた。
『──へえ、誰が死んだって?』
ずしゃり、ずしゃりという足音と共に、それは歩みを進める。
灼熱の炎の壁を割いて、黒く焦げたギアードが姿を現した。
凄絶にまき散らされた火の海を踏み潰しながら。
「オズレロ、まだアイツは生きている!」
『“アイツ”じゃあない……』
『ホルト、警戒を!』
『──我は“七つの銃”がひとり……』
低く、殺気に満ちた女の声が響く。
さらに一歩、敵ギアードが歩み出た。
熱を帯び、黒く、茶色く変色した全身のアーマーをパージする。
崩れ落ちる鎧の中から、美しい銀色のギアードが見えた。
『我はペイシェンス! 貴様らを殺す女だ……ッ!』
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