第3話
宣告の通りに、先にグリフの方が動いた。彼の〈ペイルウルフ〉が片方の膝をつき、右肩に取り付けられている大型レールガンのバレルを、豪快に展開する。
その間、わずか三秒。開放型バレルの砲身に青白いスパークが迸る。狙いを定められた〈デッドハンド・ジョー〉だが、そちらは一向に動く気配がないようだ。
『オレの勝ちだッ! ここで死ね、伝説ゥーーッ!』
スピーカー越しに、音の割れた絶叫が轟いた。
勝利を確信したグリフが、迷わずにトリガーを引く。
──その間際になっても、相対する砂色の機体は動こうとしない。
「えぇ!? やられちゃいますよホルトさん!」
マルノワの隣で、グレイスが叫びながら飛び上がった。
「さあ、どうかしらね」
ふふっと、マルノワは意味ありげな笑みを浮かべる。
次の瞬間、ドームの中心に目に焼き付くほど眩く、青白い閃光が迸った。合金製の高密度コアを持つ砲弾が、二本の電極の間を勢いよく飛び出したのだ。
耐熱性セラミックの弾頭コーティングが、空気との摩擦の中で完全燃焼する。彗星のように青い軌道を描くそれは、瞬く間に〈デッドハンド・ジョー〉のもとへと着弾した。秒の間をおいて生じた叫喚のような砲声が、弾速の凄まじさを物語る。
──巨大な爆発、黒い煙と衝撃波。
真空状態になったドームの中心に向かって、空気が集束していく。
古びた旧スカイドームの鉄骨がギシギシと軋んでいた。
「そんなぁ、ホルトさーーーーんッ!」
グレイスが、その突風の中で叫び、膝をついて崩れる。
一方でマルノワは、微笑みを浮かべたまま、足を組み直した。
まるで「ここからが見物だ」と言わんばかりに。
「──“
マルノワの呟きが早いか、というタイミングで黒煙が散りはじめる。
うっすらと晴れていく煙──。
その中心に、はっきりと立つ影が見えた。
「……え?」
砲声、否。銃声が三発分、ドームの中に鳴り響いた。
グレイスの間の抜けた声が漏れる。
拳銃の機構をそのまま大きくした、リボルバー砲の重たい音だ。
厚煙を貫いて飛んだ三発の単分子徹甲弾。それが〈ペイルウルフ〉の主兵装である大型レールガンを、右肩フレームごと引きちぎった。残骸が土煙をあげて落ちる。
『なにィ!? クソッ……!』
さらに二発の砲弾が、白亜の機体の左手を消し飛ばす。
副兵装のライフルに伸びかけていた、その動きを見逃さなかったのだ。
ガンメタリックに光るリボルバー砲の銃身が、煙の中から姿を現していた。
次いでホルトの乗機が緩やかに行進を開始する様が露わになった。
機体は左腕を失い、肩かけのマントは燃え盛っていた。
灰を風に流しながら〈デッドハンド・ジョー〉はゆっくりと歩く。
「ど、どうして!? あの程度のダメージで済むはずが……」
「マルチプル・リアクティブ・アーマー(MRA)。十八種の装甲材と三種の爆薬で構成されたあの機体の左腕が、その威力を全部きれいに掻き消したのよ」
「な……そんなことして、コクピットは無事なんですか!?」
「爆薬の指向性とフレームの剛性を計算に入れ、爆炎と衝撃波を受け流すの。爆発後に僅かに生じる真空空間に退避するのね。これが“彼”の技量というわけ」
リボルバー砲を構えたまま、それは、ゆっくりと歩く。
機載のスピーカーからノイズ混じりの声が鳴った。
『ひとつ言っておく、グリフ・コーリー。降参するならば今のうちだ』
*
『オレの十連勝を、貴様ァーーーッ!』
モニターの向こうで、〈ペイルウルフ〉が吠えている。
「……まあ、そうなるよな」
直後、突進を開始した〈ペイルウルフ〉に合わせて、間髪入れずにトリガーを引く。リボルバー砲の全弾を撃ち切ったが、素早い動きに躱された。
「お前は接近戦も得意なんだってな」
ホルトは右のハンドルを引き、指先に触れるダイアルをカリカリと回した。
連動して、〈デッドハンド・ジョー〉がリボルバー砲をスピンさせ、その銃身の側を握る。先まで銃のグリップだった部分から、ブレードが展開した。
これはリボルバー砲“バントライン”のもう一つの形態。
鎌状の赤熱刃を持つカランビット・ソードだ。
カランビット形態の“バントライン”を手元でクルクルと回し、ホルトは〈ペイルウルフ〉との間合いを図る。相手は高周波ダガーを逆手に装備していた。
リーチの差はほとんどない。近接有効範囲は互いに同じくらいだろう。
全力疾走する〈ペイルウルフ〉。互いの距離はあと僅か──。
接触。互いのブレードが打ち合い、オレンジ色の火花が散った。
敵機はそのまま鍔迫り合いに甘んじることなく、飛び退く。
鮮やかなステップで〈デッドハンド・ジョー〉の左へと回り込む。
低い位置から高周波ダガーが突き上げられる。
「なるほど、フットワークだ」
〈デッドハンド・ジョー〉はくるりと機体を翻し、即座に相手の背後を取る。
すれ違いざまに、軽くその背面を斬り付けた。そのまま蹴り飛ばす。
『があああああーーッ!』
野太い悲鳴をあげながら、グリフの機体が吹っ飛んだ。
フィールドに横たわった白い機体を見下ろして、ホルトは告げる。
「最終警告だ。投降しろ、殺すつもりはない」
『クソが、クソが、クソがッ! 舐めるなよ老害ッ!』
ずりずりと地面を這いながら進む〈ペイルウルフ〉。
その進路上には、先ほど左手ごと撃ち落したライフルがある。
「──ふーっ……」
深い息をついて、ホルトは左右のハンドルを操る。
おもむろに〈デッドハンド・ジョー〉をしゃがみ込ませた。
「地獄で会おう、グリフ・コーリー」
彼はその場に“バントライン”の赤熱化ブレードを突き立てる。
すると、みるみるうちに地面が燃え上がった。
漏れていた。〈ペイルウルフ〉のデルタ・ウイスキー燃料が。
炎は蛇のようにうねりながら進み、グリフの元に辿り着く。
白い装甲が灼熱の炎に包まれて、ごうごうと焼かれていった。
『があああああああ、火がああああああッ!』
ドームが歓声に包まれる。ギャラリーの人々は「これが見たかった」とばかりに、ベンチから立ち上がって絶叫し、狂喜し、声を張り上げた。
ホルトは集音マイクのダイアルを大きくひねって、機能を切る。
吊るされたバーボンのボトルを掴み、彼はそれを一口だけ飲んだ。
「──グリフ。俺にとって、お前は七十八人目だ」
*
即席の法廷として用意されたドームの一室には、複数人の姿があった。
「決闘代理人、ホルト・クリーガー氏の勝利により、本裁判は原告、マルノワ・クロード氏の勝訴となります。これは本審理会が正式な結果として記録し──」
決闘審理会、その立会人が読み上げる判決文を聞きながら、マルノワは微笑みを浮かべた。その笑みは、マンソン・バイオテックの役員に向けてのものだ。
彼らはいま、テーブルひとつ挟んで対峙している。決着のときだ。
「……以上、促成型環境再生システム『グリーン・レイ』にまつわる技術、試作された端末、および関連する技術の権利一切は、マルノワ・クロード氏のものとして認められることを、各位、ご理解ください。これにて、本法廷を終了とします」
言い終えると、立会人は両者に記録データ一式を送信し、端末を閉じた。
背伸びをしながら、マルノワはおもむろに立ち上がる。
「んーっ、気分がいいわ」
「おめでとうございます、マルノワさん」
「貴女が手続きをスムースにやってくれたおかげよ、グレイス」
「いえ、そんな。全てはホルトさんのおかげです」
「それもそうね。撤回するわ」
グレイスが目を丸くして、マルノワを見つめた。
「えっ!?」
「ふふ、冗談よ。やっぱり幼馴染の貴女に頼って正解だったわ」
と、テーブルを叩く音がして、グレイスが肩を縮こまらせる。
「クロードくんッ! 君は何をしたのか分かっているのかね!?」
「ミスター・ジョンソン。よーく存じておりますとも」
ヒールを鳴らしながら、マルノワはかつての上司に歩み寄る。
「私はこの星の希望を、閉ざされた未来から救っただけ」
「グリーン・レイの技術は、貴様のような小娘が一人でどうこうしていいものではないッ! あれは、この惑星を救う、莫大な可能性を秘めた──」
「金の卵?」
踵を返して、マルノワはグレイスの手を引いて歩きだした。
入口へと真っ直ぐ向かい、ドアノブに手を触れ、振り向いて言う。
「冗談じゃない。“可能性の管理”だなんて、搾取の温床だわ」
そうして、二人が退室する。
ジョンソン上級役員は、もう一度テーブルを力強く叩いた。
*
夕陽が水平に沈む荒野。黄金の光が大地を、荒野の砂を、岩々を鮮やかに照らし出す風景の中、左腕を失ったギアードと、砂埃に汚れたエアカーが並走していた。
『ホルト。あの酒場に戻ったら、残りの報酬を振り込むわ』
通話状態のまま、コンソールの上に放り投げたままドット・フォンから、マルノワの声が言う。その言葉に、ホルトは思わず顔しかめて尋ねた。
「……どういう意味だ? すぐに払えないのか」
『──ふふ、そうじゃないわ。一緒に祝杯をあげようって意味よ』
『あっ、それいいですね。盛大にお祝いしちゃいましょう!』
割り込んできたグレイスの声が、そのアイデアに賛成を示す。
それから、彼女たちはホルトを置いて勝手に盛り上がる。
ホルトは溜め息をつき、頭をぽりぽりと掻いた。
「……分かった。だが、酔っ払って支払いがチャラになると思うなよ」
『やったー!』
どちらのものかわからない、もしくは二人同時の歓喜の声。
どこか暖かいものを胸の内に感じて、ホルトの頬が微かに緩んだ。
──と、そのときだった。
コクピットの動体感知警報器が、けたたましくブザーを鳴らした。
ホルトはモニターを切り替え、サブカメラでそれを確認する。
七時の方角、大きな飛翔物が高速で向かってきている。
「マルノワ、グレイス。七時の方角から何かが来る……ッ」
『え? ──きゃあっ!』
『──うあッ。……ッ、マルノワさん!』
急いでカメラを切り替える。刹那、〈デッドハンド・ジョー〉とすれ違った“それ”の姿をモニターが映した。
グライダー付きのギアードが、エアカーを鷲掴みにして飛び去っていた。〈デッドハンド・ジョー〉の足元では、放り出されたグレイスが砂にまみれている。
「マルノワ! ……くそっ、やられたッ!」
景色の向こうへと遠ざかる誘拐者のギアード。決闘を終えたばかりの機体コンディションでは、到底追いつけるようなスピードではない。
『……そんな……どうしましょう……』
うろたえるグレイスの声がコクピットに響く。
ホルトは思わず怒鳴り返した。
「すぐさま審理会に連絡を入れろ、決闘に関わるトラブルならば援助が要請できるはずだ! おまえ弁護士だろ、それくらい言われずともやれッ!」
『は、はひ……っ! ほ、ホルトさんはどうするんです……?』
「報酬の半分がまだだ。見失ってたまるか、追えるとこまで追う……ッ!」
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