psychic world

石原

第1話

 最近、公衆電話は異世界への入り口になっていて、黒地に赤い文字でwelcome to psychicwordと書かれたテレホンカードを公衆電話で使うと電話が繋がって質問に答えると異世界行けるという噂が流行っている。

 ネットオークションでは、テレホンカードが高値で取引されて大量の偽物も出回ってニュースにもなるほどだ。

 実際クラスの中にも近所の公衆電話を探して噂のテレホンカードを手に入れたという人もいた。

 けれど、数日前から学校を休んで姿を見せていない。

 学校に流れる噂では、その生徒はテレホンカードを手に入れたと自慢していた事で横取りをして一攫千金を狙う人に襲われて学校を休んでいるという話と、テレホンカードを自分で使って異世界へ行って帰って来ないという二種類が主に流れている。

 正直なところ俺はこの噂が事実でも嘘でもどちらでも構わないと思っていた。

 今この時までは。

 それが一変したのは、母親から幼馴染の出宮紗英が行方不明になったと聞かされた時だった。

 元々好奇心旺盛でオカルトが好きだった紗英の事だから当然、異世界へと繋がる公衆電話の話やネットに溢れるテレホンカードに興味津々だとは思っていた。

 問題は紗英が偶然テレホンカードを手に入れたとして自分で使うかどうかだけど、昔から夏になると夜中に一緒に近所の廃病院に忍び込んで肝試しをしたりしていたので十分あり得る事だった。

 高校から別々になってすっかり疎遠になった幼馴染になんで昔みたいに誘ってくれないのかと、もし誘ってくれたなら一緒に行くのにと思いながら衝動的に家を飛び出した。

 特に何か思い当たる場所があったわけでもない。

 小学校に入学した時から携帯電話を持っていたので、公衆電話に馴染みがなく、小学校の職員室近くに設置されていた物ぐらいしか知らない。

 夜の街を見回しても公衆電話は見当たらなくて設置されていた名残の設置台だけが残っているだけだ。

 小学生の時の記憶を思い出して紗英とよく遊んだ公園に行っても既に公衆電話は無かった。

 そもそも噂のせいでテレホンカードが高値で取引されているのだから、みんなが知っている場所にある公衆電話なんて探しても既に誰か他の人が調べた後だろう。

 当然、学生の財力でネットオークションで競り落とすのには、とても現実的ではない。

 まだ誰も探していない誰も知らない場所にある公衆電話。

 そもそも公衆電話なのだから用途的に誰も知らないというのは無理がある。

 途方に暮れて昔みたいにブランコを漕ぐ。

 昔は小学校が終わると紗英と日が暮れるまで公園で遊んでいた。

 中学に上がってからは、遊ぶ場所も変わってすっかり公園には寄り付かなくなっていた。

 最後に紗英と遊んだのは何処だったのかと、考えてふと中学最後の夏休みに言った肝試しで行った廃病院が思い浮かんだ。

 十年以上前に老朽化して閉鎖された私立病院は正面玄関には立ち入り禁止の看板とロープが張り巡らされて鍵も施錠されている。

 けれど、裏手に回って関係者用の出入口の方は、立ち入り禁止の看板はあってもガラスが少し割れてそこから手を突っ込んで内側から鍵を回して開ける事が出来る。

 記憶にある通りに裏手に回って関係者用の扉の割れたガラスに手を突っ込むと以前と同様に扉を開ける事が出来た。

 スマホの明かりを頼りに病院内を進むと正面玄関の方へと歩く。

 病院の中は当時の椅子や机がそのまま残っており、暗い建物の中で不気味な存在感を放っている。

 正面玄関から奥へと進んで廊下を渡ると入院病棟の入り口に辿り着いた。

 そこには埃を被った公衆電話が並んでいる。

 当然受話器を上げても、電気が通ってないから動く事はない。

 もう何年も使われていない筈の公衆電話に一枚だけテレホンカードが残ったままの状態で放置されていた。

 それを見て公衆電話に飛びつくくらいの勢いでテレホンカードを引き抜いた。

 スマホの明かりの下で見ると黒地に赤い文字でwelcome to psychicwordと書かれている。

 噂通りのテレホンカードを念のために、ネットオークションで出品されている画像と比べても全く同じに見える。

 後はこのテレホンカードを目の前の公衆電話に入れると電話がかかって異世界に行ける。

 家を飛び出した時は異世界に行くつもりだったけれど、いざテレホンカードを見つけると躊躇してしまう。

 誰も居ない筈の廃病院に置いたままになっているテレホンカードは当然ながら閉鎖された十年以上前に置かれている事になる。

 だけど公衆電話に関する噂は当時聞いた事は無かった。

 昔からオカルトが好きだった紗英の事だから当時に噂が流行っていたら確実に話のネタになっている筈だけどそんな話を聞いた記憶は無い。

 噂が流行ったのはこの数か月で間違いない筈だ。

 それなのに十年以上前に封鎖された病院に噂のテレホンカードがある。

 その事実が噂に説得力を与えていた。

 このテレホンカードはヤバい。

 直感的にこの噂はホンモノだと感じている。

 だけど、この機会を逃せば紗英には二度と会えないかもしれない。

 自分の中の冷静な部分が紗英がそこにいる確証がないと言っている。

 迷っている間に誰も居ない筈の場所から聞こえる筈のない足音が聞こえる。

 耳を澄ますとゆっくりとこちらへ向かっていて五分もすれば見つかってしまうかもしれない。

 もし警備の人なら通報されて学校と保護者に連絡されて停学処分になるかもしれない。

 それにこのテレホンカードも没収されて紗英への手がかりも二度と戻って来ないだろう。

 そう考えると持っていたテレホンカードを公衆電話に入れた。

 唐突に公衆電話からジリリリリリリと音が鳴る。

 それを急いで受話器を上げて耳に当てた。

「お電話ありがとうございます」

 それは女性の声だった。

 特に何も答える事無く黙っていると特に気にする事もなく女性が喋りだした。

「あなたは男性ですか? それとも女性ですか?」

「男性です」

 電気の通っていない公衆電話が突然鳴りだすなんて怪奇現象を起こしているのに質問は至極普通で拍子抜けする。

「あなたは超能力を信じますか?」

「はい」

「あなたは何歳ですか?」

「十六歳」

 その後も電話アンケートのような質問をされて答える。

 そんなやり取りをしていると背後から男の声がした。

「そこで何をやっている。すぐに受話器を置いて大人しくしろ!」

 背後から肩を掴まれた時にようやく待ち望んだ質問が聞こえた。

 ただ次の瞬間には鈍い痛みと共に病院床に押さえつけられて受話器が手から離れてコードから伸びてぶら下がっている。

「あなたは異世界へ行きたいと望みますか?」

「ああ!行きたい。俺を連れて行ってくれ」

 床に押さえつけられたまま受話器に向かって叫ぶ。

「welcome to psychicword」

 脳内に大音量で電話のベルが鳴って気が付くと元居た廃病院ではなく砂漠に居た。

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