日韓百合

@fukebatobu

「彼氏と別れた」

泣き腫らした顔で待ち合わせ場所にやってきた彼女にまず私は自分が着ていたジャケットを貸した。雨がぽつぽつ降り出していたし、何よりシースルーの生地に透けた肩がとてもか弱そうに見えたからだ。

適当なカフェに入る。

彼女はまた泣きながら事の顛末を話す。浮気されたと。よくある話だ。よくある話だし男もよくいるごみだ。私が言うことは決まっている。

「私の沙奈を傷つけるなんて許さない。その男はごみだよ。いや、男なんてみんなごみ」

「ありがとう。いや〜ほんとジウの言う通りかも。ジウみたいなかっこいい子だったら女の子でも、あたし……あはは、なーんて」

「私みたいな子?」

私は彼女の、沙奈の手を握る。そして目を見て、言う。

「私みたいな子って、私じゃ駄目なの?」

「え。………あ、…………………」

みるみるうちに頬を紅潮させる沙奈。可愛い。私の沙奈。おばかで可愛い私の子猫。

「可愛い。大好き。沙奈。愛してる。沙奈は?私のこと、どう思ってる?」

「あ、えと、ジウは、凄い、と、思う。日本語が上手で、気遣いも出来て、かっこよくて、その………」

「うん」

たっぷりの空白を置いて、彼女は言った。

「好き、です」




「韓国でも日本でも、同性婚は法制化されていないよね」

ジウはなんでも知っている。知らないことなんて無いんじゃないかってくらい。私が馬鹿すぎるだけかもしれないけれど。

たまに会ってデートするその最中、ジウはいろんな話をしてくれた。

今日もスコーンの美味しいお店でお茶をしながら話をする。

「だからね、私達、結婚するんだったら」

「結婚!?」

「うん、したくない?結婚」

考えたことがなかった。ジウと一緒にいられればそれでいいくらいに考えていた。口の端からぼろぼろテーブルにこぼれたスコーンのくずを指先で集める。

「急だったかな、ごめんね。一緒には住みたくない?」

かぶりを振る。

「住みたい!」

「うん、でも私たち恋人同士でしょう?」

「うん」

「なかなか部屋が見つからないかもしれない。恋人同士ってことを大っぴらにすると」

「……うん」

なんとなくわかる。わかってしまう。わかりたくなんてないけれど。

差別、っていうんだと思う。差別っていうのが今確かに厳然として我が身に、ジウと私に降りかかっている。その自覚が必要だということを、ジウは今話している。

「私ね、思うんだ。沙奈と逃避行がしたいなって」

「逃避行?」

「日本からも韓国からも逃げ出して、同性婚の出来る国に住んで、結婚して、幸せに暮らすの」

「日本から、出る……」

「考えられないかな?」

沈黙が流れる。店内には雰囲気の良い音楽が流れている。ここは日本だ。こうして優雅にお茶もできる。きっと一緒に住むこともできる。恋人同士と明かさなければ。結婚は出来ない。そう法律で決まっている。法律をなんとかしないことには、私たちは。

心が真っ黒になる心地がした。その心地のまま言った。

「私は、日本が好きだよ。ジウ」

「うん、私も日本が好き。韓国のことも好き。でも日本でも韓国でも、私たちは幸せになれないかもしれない」

「ジウ」

「なあに、沙奈」

「私と一緒に地獄を生きて」

「いいよ」

「いつか絶対に天国になるよ。私は日本を信じてる」

花屋に行った。黒い百合を買った。ふたりで分け合って別れた。

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