第13話 抜刀、琉酔乱!
「ラボール、なんとかせぬか!」
部屋に入るなり、マクーハンは大声で怒鳴った。
ここは黄蓮城の建物のうち、もっとも奥まった場所にある後宮。
その、これまた行き止まりの一室。
マクーハンが許した者以外には、だれも入ることが許されない場所だ。
特大の、天蓋つきベッドと大理石のテーブル。
それが、部屋のほとんどを占めている。
そしてベッドの上には、せっせと女を責めあげているラボールがいた。
「領主様ともあろう御方が、なにを慌てておられるのです。この部屋は先生がたに守って頂いているのですから、なにも心配はいらないはず」
「その先生とやらが、昨夜、小娘にやられたばかりではないか!」
「ああ。剣使いのグルバードですか。あいつは、雇ったうちでは一番格下なもので、
「しかし、相手は青嵐王だぞ!」
ラボールの勢いよく動いていた腰が、ピタリと止まった。
たちまち、組み敷かれている女が甘い不満の声を漏らす。
「まあ……その場では、なんとか言い逃れはしてきたが。あれは、まぎれもなく青嵐王その人だった。周囲の者どもを納得させるために、斬光剣を見せろと言ってやったが、内心では冷汗ものだったぞ」
「それで、青嵐王はそれを見せましたか?」
「いや。儂も見たことはないが、話には聞いておる。おぬしも知っておろう? 斬光剣の噂は、マルーディアの伝説にもなっておるからな。
だから、それらしいものを持っていないのを、とっさに確認してから、あやつに聞いたのだ。幸いにも、持ち歩いてはおらぬらしい。なにしろ光りかがやく伝説の大剣だ。目立ってしかたがないのだろう」
ラボールは、そのままの態勢で考えこんでいる。
やがて、にやりと凄みのある笑いを浮かべた。
「千載一遇の
「なにを言っておるのだ?」
「だってそうでしょう。ここで、うやむやのうちに青嵐王を倒せば……なにしろ、そいつが王という証拠はどこにもありませんからね。
先王である白風王は、もう老いぼれた無能者にすぎません。ただちにガリレアを、ここの軍勢でもって制圧するのです。
そうすれば、貴方様が新しい聖王家の初代国王となる。迅速に行なえば、マルーディア国内の諸領主も、南のゼファールや西の蛮族も、おいそれとは手は出せないでしょう」
「そう、うまく行くか?」
「うまく行かなければ、貴方も私も、ガリレアの城門に首をさらすだけですよ。そろそろ度胸を決められたらいかがですか?」
ラボールは不敵な笑いを浮かべ、じっとマクーハンを見つめている。
どす黒く燃える、傲慢と邪気に染まった目。
そしてその眼光に勇気づけられたのか。
次第に、マクーハンの表情にも余裕がよみがえってきた。
「ふふん。さすがはヤクザの統領、肝が座っておる」
「いえいえ。マクーハン様あっての私でございます。では、ちょいとこいつの始末をしてしまいましょう」
ラボールは、いきなり女の首を絞めた。
たちまち、手足をばたつかせて暴れはじめる。
その間も、ラボールの腰の動きは止まらない。
やがて、ひときわ大きなうねりが全裸の女を襲うと同時に、ラボールも小さなうめき声をあげた。
「やっぱり、この方が締まりがいい」
「ふっ、好き者め」
たがいに含み笑いを浮かべた途端。
中庭で、騒々しい剣戟が巻きおこった。
※※※
後宮へと入った琉酔乱たちは、なんの抵抗もなく中庭へと達した。
中庭とその先にある建物は、屋根つきの渡り廊下で連結されている。
建物の背後には城壁がせまり、そこが目的の場所であることは、琉酔乱でなくとも容易に想像できた。
しかし、渡り廊下につながる出口からでた途端。
左右に待ち伏せていた二人の男に、いきなり攻撃を仕掛けられた。
「せやッ!」
出口から頭をのぞかせた蛮虎に、右側の男が短剣を投げつける。
それは一直線に、蛮虎の顔面へとむかっていく。
「はッ!」
蛮虎の頭部が、回転しながら移動した。
ほんの、指の太さほどの動きである。
ただそれだけで、兜に生えている鋼鉄の角が、みごとに短剣を跳ね飛ばす。
左側の男は、花梨にむかって大上段から切りつけた。
――ギィン!
たちまち、切っ先から火花が散る。
長剣が、はじき返された。
「あら、失礼。防壁の術を張っておりますの。ほほほほっ」
二人の用心棒を、蛮虎と花梨がひきつける。
そのあいだに、琉酔乱は中央の道を悠々と歩いていく。
用心棒どもは、そうはさせじと琉酔乱の前方にまわり込もうとする。
だが、右手の男は蛮虎の戦闘斧によって。
左手の男は花梨の雷撃魔法によって、またたくまに打ち倒されてしまった。
「さすがに、王宮警護の要職にいただけはある」
奥の院にいたる、短い渡り廊下。
その、最後の柱の陰から、陰々とした声が響いてきた。
「何者だ」
琉酔乱が、ひさしぶりに口を開く。
左右には、蛮虎と花梨を引き連れている。
返事のかわりに、男がのっそりと姿をあらわした。
異様な雰囲気を漂わせる男である。
ザンバラにのばした髪のあいだから、妖しく光る目がのぞいている。
鎧兜も武器も身につけず、汚れきった身体に、申しわけ程度のぼろくずをまとっていた。
「花梨、俺を覚えているか」
男は前屈みの態勢から、片手をゆっくりと持ちあげた。
そして胸元まで垂れている汚れた金色の髪を、乱暴に払いあげる。
思いのほか白い、壮年のミリア人の顔が現れた。
「あっ!」
花梨の驚きに染まった声。
「あ、あなたは……
「思いだしたか?」
「花梨、何者だ」
「若様……。叉破丹導師は、もともとは聖ガリレア魔導団の、戦術師範だった方でございます。しかし魔道力を追求するあまり、闇の魔導集団ゼイファの力を借り、それがもとで魔導団を追放されました。わたくしが、まだ駈け出しの巫女のころのことですわ」
「なるほど、外道に身を落とした破戒僧か」
「何とでも言うがよい。俺は聖王家とガリレア魔導団を潰すためには、誰とでも手を組む決心をした。
ゼイファの連中は、六百年間にわたる聖王家に対する恨みを、いまだに残している。やつらは、俺にとって好都合な存在だった。青嵐王! ここに居合わせたのが運の尽き。死んでもらうぞ!!」
「笑止!」
琉酔乱の、裂帛の声。
同時に、蛮虎が動いた。
戦闘斧をふりかぶり、今度ばかりは必殺の気合をこめてふりおろす。
――ガッ!
斧は、深々と叉破丹の脳天に食いこんだ。
なんの抵抗もしめさなかった。
あまりのあっけなさに、仕掛けた蛮虎も目を丸くする。
「ふっふっふっ……」
叉破丹の、目が笑っている。
鼻梁の中途まで、するどい切っ先を食いこませながら。
その両脇にある目が、無気味にゆれている。
「ふわっはっはっ。そのような児戯で、俺を倒せるものか!」
叉破丹は、二本の指で斧の刃をつまんだ。
その指を、スッと持ちあげる。
ただそれだけで、渾身の力をふりしぼって押さえこんでいる蛮虎が、やすやすと押しかえされる。
よろめきながら後方に下がった蛮虎の目に、何事もなかったような叉破丹の姿が映った。
「花梨」
「はいッ!」
琉酔乱の声で、花梨が進みでる。
「どれどれ。あの小娘が、どの程度腕をあげたかな」
軽口には答えず、花梨は懸命に印を結び、呪文を唱えている。
「幻夢滅破!」
胸元から外へ、両手を押し出すように広げていく。
それにともない、虹色のあわい波が、叉破丹にふりかかった。
「あ、消える……」
蛮虎が、呆けた声をだした。
虹色の波を受けた叉破丹の姿が、徐々にかき消されていく。
「本体は、すぐ近くのはず。気をつけて……きゃあっ!」
両手をひろげた格好の花梨。
そこを中心に、いきなり頭上から、無数の稲妻がふってきた。
花梨は必死に絹の衣をひろげ、雷撃が琉酔乱にとどくのを防ごうとする。
蛮虎はその隙に、渡り廊下の屋根に潜んでいるはずの叉破丹にむけて、投げナイフを放った。
「でりゃあッ!」
蛮虎のナイフが宙空を突きぬけたとたん。
背後から、いきなり剣が突きこまれた。
「むう!」
切っ先は、琉酔乱を狙っていた。
もし蛮虎や花梨であれば、彼女たちの命はなかったところだ。
しかし、相手は琉酔乱である。
金具をもつ手をかるくひねり、間一髪で受けながす。
「とどめだ」
叉破丹の右手が、するどく剣をくりだす。
それと同時に、左手から巨大な雷放電が巻きおこった。
至近距離からの、逃れようのない一撃である。
「危ない!」
「若様っ!」
蛮虎と花梨が叫ぶ。
琉酔乱を守ろうと、刃と放電の前に、わが身を投じていく。
「ああっ!」
「きゃああっ!」
蛮虎の斧が宙を舞う。
花梨の巫女服がちぎれ飛ぶ。
攻撃が、一瞬とだえた。
剣によって、短鎧に亀裂を生じさせた蛮虎がいる。
雷撃によって巫女服を飛ばされ、かわいらしい右の
二人とも、荒い息を吐きながら立っていた。
「導師。それだけの腕がありながら、まことに惜しい」
琉酔乱の、悲しげな声がひびく。
諭すように、言葉を続ける。
「その力、いま一度、聖王家のために役立てる気はないか。さすれば、罪は問わぬ」
「言うな! 俺は闇の勢力に魂を売った男。いまさら、惜しまれるつもりはない。それにおまえさえ倒せば、俺には闇魔導団総帥の地位が約束されている」
「そうか……」
琉酔乱は、ため息をついた。
説得できない自分に、愛想をつかしている。
「今度こそ最後だ。青嵐王、覚悟しろ!」
「相手になろう」
琉酔乱は、T字形の金具を両手に持った。
柄の部分をにぎり締め、正面の叉破丹にむけて、青眼の構えを取る。
「蛮虎」
「はッ!」
「花梨」
「はいッ!」
二人の手が、T字の左右の突起にのばされる。
蛮虎は『気』を集中し、花梨は『魔道力』をそこへと注ぎこむ。
そして琉酔乱は、それらの異なる力を統合し、さらに純粋な『理力』へと昇華する。
ミリア人とガルト人の卓越者、そして聖王とが奏でる三位一体の超常力。
それのみがなしえる、マルーディアの奇跡が、いままさに起ころうとしていた。
「聖・王・念・呪!」
凛とした琉酔乱の声。
もう、迷いはない。
――ヴォン!
T字形の先に、長大な光の刃があらわれた。
「おお……」
叉破丹の顔が、驚愕に染まる。
「そ、それは斬光剣!!」
最後の叫びは、斬光剣のきらめく光波に、かき消されていく。
叉破丹は、全力を傾けて、超弩級の雷撃を放った。
しかし……
それすら、風に吹き飛ばされる花びらのように、圧倒的な光波の前にかき消されていく。
「破邪!」
斬光剣がふりおろされた。
琉酔乱の悲しみに染まった声が、光波のうねりにのって飛んでいく。
そして……。
光の大波が消え去った後、そこには叉破丹の、髪の毛の一本すら残ってはいなかった。
「また、救えなかった……」
背に斬光剣を戻しつつ。
琉酔乱は、ぽつりとつぶやいた。
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