余白の式
無人
第一章 舞台裏の結界
調査記録番号:TACP-231011-A
対象区域:東京都中央区銀座六丁目・旧山中能楽堂地下収蔵庫
概要
2023年10月11日、東京都中央区に所在する旧山中能楽堂において、未確認の文化異象が発生。異常音響現象と記録媒体の機能異常が報告され、文化庁技術文化保全局傘下の特別対応機関TACP(Traditional Artifact Contingency Protocol)により、初動調査が実施された。
本事案は、いわゆる「式反応型文化干渉(Type-SRI)」としては初の公式記録に該当する。
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1. 初動通報および状況整理
通報者:警備員・男性・63歳
通報時刻:21:03 JST
通報内容(要約):
• 地下収蔵庫内にて人声様の音響を確認
• 同時に鐘のような持続音、断続的な拍動音を伴う
• 映像監視機能は異常なし(当時)
• 人的侵入者の存在は確認されず
当該通報は、文化財保存対象施設であること、及び通報内容に含まれる非合理的要素を鑑み、管轄消防・警察への情報共有前にTACPに直通転送され、現場封鎖措置が講じられた。
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2. 異常記録媒体の内容と解析
問題の記録媒体は、地下収蔵庫に設置された定時作動型レコーダーであり、タイマー設定外での起動および記録を実施していた。
録音時間:1時間18分
ファイル形式:WAV/非圧縮PCM
再生試行結果:
• 再生プログラムが強制終了
• 複数機器で同様の挙動(再起動/無反応)
• プレイヤーUIに下記の不可解な文字列が浮かび上がる
香 呼 式 反 繰 カ ウ ヤ ヘ
この文字列は、辞書照合および既存文献との照合の結果、一貫した意味構造を持たないとされたが、調査官の一部より**「発声を促す設計音素の可能性」**が指摘されている。
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3. 映像記録抜粋 No.13-A(ドローンカメラ)
撮影日時:2023年10月11日 21:27 JST
撮影機材:TACP C-2型ドローン記録機
現場状態:
• 地下収蔵室(約4畳大)
• 中央に香炉(鎌倉〜室町期様式)
• 室内にて単独行動中の人物を確認
人物特徴:
• 和装(羽織)/長髪/目元不明瞭
• 自発的に煙を生成/紙片を掲げる
• 名称未確認の“式言”を用いる
発言記録(音声補正済):
「式、ひとつ、残句にて」
「笑うものに、香を」
煙の色が青から紫へと推移。直後、周囲の能面が異常反応を示し、以下の現象が発生:
• 壁・床・天井を跳ねる動作(非人為的)
• 検出された動作速度は最大で人間の体幹反応を超える
• 面は“翁”型と特定されるも、中央破損+黒色液体の滲出
その後、当該人物が墨扇を掲げ以下を発話:
「名なき仮面は、語るべからず。忘れられるための顔。
ただし式守、記憶せん」
能面群は同時に運動を停止。香は燃焼を終え、紙片は炭化。
人物は記録終了までに消失/退室映像なし。
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4. 人物特定および分析
映像内の人物は、後の複数文化異象案件においても共通して目撃される人物“白川詩士(しらかわ・うたし)”と推定。
備考:
• 公的記録上、2001年に死亡届提出済
• 文学・文化史における活動記録は一切確認されず
• ただし全国の古書店・神社蔵書内に「白川詩士」名義の詩片・未発表歌集が散在(いずれも非商業経路)
TACP文化民俗班によれば、“詩”そのものを式として行使している可能性がある。
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5. 文書記録:短冊内容
事件後、現場にて唯一残存した書物痕跡が短冊一枚。
赤外線解析により判読された文言は以下の通り。
「かつて、美しかったものたち。
忘れることが、罪ではなくなった夜。」
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結語(分析局第4課報告より)
本件は、現代都市構造下における**“記憶保持型文化干渉”**の初事例であり、異象内言語構造における「式」の用例が初確認された。
当該事件を起点に、TACPは“式”を以下のように暫定定義:
「個人または集合的記憶の文化形式を物理化・演出する技法、およびその過程で生起する知覚外干渉」
これにより、TACPは文化保全対応班を再構成し、「式反応群」の追跡体制に入った。
余白の式 無人 @isane_yano
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